ウィーン世紀末

2008 7/03

来週公演のプログラムノートを先日書き上げて、
本日ケーブルTVで偶然に「クリムト」の映画に接した。

今年没後90年のグスタフ・クリムトの絵に惹かれた20年前から
実際にウィーン、ザルツブルグに滞在していたあの季節までを
走馬灯のように思い返してしまった。

16年前の滞在ではどうしても素直に受け入れられなかった
あの地の文化。
こうして距離と時間を置いて振り返り、作品を通して深く接するにつけ、
当時の世界の激流が自分にダイレクトに響く。

グスタフ・クリムト、グスタフ・マーラー。

この映画に出てきたエゴン・シーレが、
「どこでこの人をみつけたの・・・」というほど自画像にそっくりだった。
役者のうまさもあるのだろう・・。

シーレもクリムトと同年に没している・・没後90年か。

この時代が芸術全般に熟成した理由は数えられないほどあるが、
破滅に向かう一歩手前の危うさが、
残すことへのひとつのパワーになっていたようにも感じられる。

現代も、種類は異なるが
一種の破滅への岐路に立っていると思っている。
その道を行くか否か紙一重のところで、
現代人の持っているパワーはいかほどだろう。

先日読んだ雑誌に
「今は、第二の戦後だ」とあった。
そのとおりだと思っている。
60年前にプログラミングされた現在の日本の状況。
この先踊らされず、巻き込まれず、
いかにたくましく賢く図太く、
そして日本らしく生き延びていくか。

生きる力が必要な時代だ。それを若者から奪ってはいけない。
そんなことも感じる日々。
道具がなくても、電気がなくても、
内側から創造していける力。
やわらかくやさしく自分を取り巻く自然を大切に思える感性と
守り抜く気持ち。

本当にわずかな期間で激変してしまった日本の精神。
音を通してそれをひしひし感じる日々なのである・・・・・。

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