10月3日という日


 今日は、デンマークの作曲家カール・ニルセンの命日です。1931年に亡くなりました。この年は実は私の父親の生まれた年です。そして10月3日は、26年前に亡くなった妹の誕生日でした。同じてんびん座です。


 没後50年、没後100年の企画を手掛けているためか、記念日や記念年が今年は気になります。もちろん演奏する側としては、そのようなものは関係なくいつも目の前の作品を大切に奏でます。でも、このような記念の年のために、普段できないことにも取り組めるという機会は増えますね。


 先週の「交響曲第8番の謎」のレクチャーですが、その内容は未来へ続くものでした。結論から言えば、現在の資料で形になった交響曲を再現することは難しいということです。でもそれで良いのではないでしょうか。まだまだ断片を収集している段階。その作業の中から見えてくる、シベリウスの最後の言葉・・・それはシベリウスのそれ以前の作品の謎を解くカギであるかもしれません。非常に貴重なレクチャーを頂き、一人の音楽家としては感謝しています。同様の内容をラハティでも以前拝聴していますが、今回はさらに加わった内容、深い考察も含めて発表されました。

過去の言葉と対峙する我々。それは流行の作品をその時代の空気の中で奏でていく演奏家たちとは異なる仕事です。その評価は長い時間をかけてされるものかもしれない。それでも眼の前のお客様へ今何をお届けできるか、それは現在進行形で過去の音の言葉と向き合っている自分の、ひとつの答えです。自分も変化します。時代も変化します。

威厳のあるコリの大自然の中、多くの昔の命を感じました。

現世は大混乱です。この国は転覆寸前なのではないでしょうか。逃避せず、まっすぐな目で物事をみていきたいと思います。今、生きていることは間違えないのですから。その責任は自分でしか果たせない。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 初めまして
    本分とは全く関係有りませんが、何となく「つっこみ」をさせて頂きます。
    私は本年2月のオーケストラ・エレティール第35回定期公演を拝聴し、シベリウスの楽曲に鳴動した者です。
    それまでもオーケストラはCDでもコンサートでも接して他のですが、シベリウスには縁がありませんでした。それが何を思ったのか、上記のコンサートに赴き、そして素晴らしきシベリウスに、瞬く間に私は囚われました。
    交響曲第2番。
    私は難しい事について議論を出来る輩ではありません。しかし、あの時聞いた、第3楽章から第4楽章、そしてフィナーレまでの旋律を、忘れる事が出来ません。私は男性で、テレビのドラマなんてまるで興味がない人間です。そんな私が、その時は泣いていました。何故なのか。特とした理由は分かりませんが、断言出来るのは、あなたが指揮した音色が、悔しいくらいに私の深みをえぐったから。その痛みのようなものだと思っております。
    私は日本の北国、東北の人間です。北欧の厳寒さにはほど遠い環境ではありますが、寒に接した者にしかわからないような共鳴館が、彼、シベリウスの楽曲にあるような気がしています。そして私はシベリウス、彼という音楽を出会えた幸せを、これからも享受していく事をとても幸せに思います。新田さん、そしてエレティールの皆さん、ありがとうございました。
    この春、私は仕事の関係で故郷の山形に戻りました。機会があれば、地元で貴殿の指揮のもと、すばらしい音楽を聴きたいと思っております。シベリウスの音楽は、やはり、北の澄んだ空気が似合うと思います。乱文失礼しました。

  • >Fish14様
    はじめまして。コメントありがとうございました。エレティールにも伝えます。われわれの演奏で何かお客様の心に一つでも風景が伝わりましたら、嬉しい限りです。
    私も母が東北の出身。私も北海道育ちであり、なにかと北を向いています。
    山形で何か演奏の機会がありますと嬉しいです。
    またお目にかかれますように。冬に向かう季節です。ご自愛ください。

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