札幌の響き


 昨日は毎年恒例の
<ホクレンクラシックスペシャル>
札幌交響楽団東京公演でした。
今年はマーラーの交響曲第5番をメインに。
前半には舘野泉氏をソリストに迎えて、
ノルドグレンの左手のための協奏曲~小泉八雲の「怪談」によるでした。かなり特殊な響きがする作品でありますが私は好きです。

1年ぶりの札響の響き、随分変化があったと感じました。もちろん編成が大きいのでエキストラも入っていますが、それ以外の大きな変化がたくさん見られたと思いました。
いろいろな意味ででっかくなったと思います。定期演奏会を二日間行うようになっていることもきっと影響があると思います。
演奏会のプログラムもこのところ、非常に魅力的なものが多くて、正直のところ札幌にもう一度住みたい!と思うほどです。苦しい経営の時期から新しい方向、ステップアップを確実に実現できているのだと感じました。

ノルドグレンの作品は昨年の夏に、ラ・テンペスタが来日公演をした際にも演奏されています。編成も指揮者も違うのでだいぶ印象が違います。おもしろい発見でありました。2月にアンサンブルフランで手がけた作品と同じような響きや奏法がちりばめられていますね。やはり「怪談」!!ですよね。あの曲も。

舘野泉氏もこの作品を何度も演奏されていますが、昨日のサントリーホールではより深い響きを奏でるべく渾身の演奏であったと思います。奥様もご子息ヤンネさんも来日。ヤンネさんは最近日本での活動も増えています。秋には関西方面で演奏活動が続いていました。私は来年の夏に再び共演です。

マーラーの交響曲の持つ楽想の複雑さとシンプルゆえに深い部分の混在が、昨日は明確にすべて聞こえていました。あんなに楽譜がくっきりと見えたこの作品の演奏は始めて出会いました。これは師匠の力、特性なのだと思います。札響は音大時代の先輩、同級生、後輩が多いのでより聴きに伺うのも楽しみです。最近は教え子も増えています。本当にお疲れ様でした!ありがとうございました!

昨日は日中別のオーケストラのリハーサルのお邪魔していました。明日本番のある、東フィルのリハーサルです。 
11月16日(木)19時開演東京オペラシティーコンサートホール
 <日露友好ショスタコーヴィチ祝祭ガラコンサート>という企画です。
指揮は井上道義氏。リハーサルでも見事にこの作曲家の言葉が聞こえてきました。曲目はヴァイオリン協奏曲第1番、チェロ協奏曲第1番、そして祝典序曲です。アンコールも含めてエキサイティングなステージになると思われますので、是非お出かけになってはいかがでしょうか。

師匠尾高先生と井上氏は桐朋時代のお仲間、親友・・・ということを師匠から何度も伺っていました。このお2人が並ぶ姿を実は一度も拝見したことがなかったのです。昨日は札響の演奏会に井上氏もご来場。終演後楽屋でお2人のツーショットと面白い会話がありました。客観的に拝見して、まったくカラーの違うお二人ですが・・・・面白いです。

札響の東京公演には毎回いろいろな方がいらっしゃいます。ここで年に1度必ずお目にかかる先輩指揮者とか・・・そのような感じで皆さん集います。

演奏会を楽しんだのはもちろんですが、朝からショスタコヴィッチとマーラーという作曲家を存分に拝聴してよい勉強をさせていただいた事が何より嬉しかったです。
CDでの勉強はナンセンスと思っているので、できるだけ出かけるようにしなくては音楽の現実的な響きに出会えません。魅力的な演奏はたとえ自分の考えとは異なっても、素晴らしい栄養になります。そういう刺激をより多く求めてコンサートにも出かけたいと思います。「確認作業」はつまらないです。
時々「文句を言う為に聴きにきているんですか」というような人や文章に出会うことがありますが・・・・それもまたつまらない事だと思うのですが・・。

楽しむ事、笑う事は特に特に特に特に、今の世の中一番必要なことではないでしょうかね。上質の楽しみ、上質の笑いです。お上品な・・ではありません。人間性に溢れた、暖かくて愛情のある笑い、楽しみ・・そんなものをもっと大人は作っていきましょうよ。

一つ思うのですが、哀しい子供たちの自殺報道やもろもろのこと、しばらくマスコミの方々は報道をやめてはいかがでしょうか。騒ぐほどにこの現象に対してよりどころを求めていく若者は増えると思います。一人で本当に自分と向き合って考える時間を作るために、情報を少なくする事は一つの方法だと私は思います。

音楽でも似たようなことはいえるのですが・・・情報の洪水は決して豊かさに直結しているとは思えません。またすべて知らせる事が正しい事だとも思えません。

特にテレビ映像というものを通した報道には、みなが感じているように恐ろしい影響力があります。ある種の反射、反応だけでそれ以上の思考の深まりとか、情緒的な面での反芻という人間の精神が一番大事にしたい部分をおろそかにする面があると私は考えています。デリケートな若者たちは、報道の言葉イコール世間の目、世間の言葉、価値観と感じます。ネガティブなことや悪意の側面でさえも、描かれる事によって一つの価値観となりえて、そこに居所を求めます。判断力が成熟した人ならよいですけど、その点がまだ未熟な世代は・・・どうでしょう・・・。

皆がストップ!と思っているのに止まらない原因は・・たぶん原因を間違えて捉えていると思います。専門家でも何でもないのであくまで一音楽家のたわごとでありますが。

マンガやドラマを通して、クラシック音楽ブームが続いているようです。複雑に見える交響曲でもその中にはとってもシンプルな作曲者の気持ちが見え隠れしたり・・・・そんな楽しさを探しに行く気持ちをもってくれると魂の居場所も見つかるのにな・・・と思っています。マーラーもショスタコヴィッチも交響曲作曲家として独立した強い個性と新しさを築いた人です。この2人の作品とじっくり付き合うと、人生深く理解できるようになりまっせ。もちろんシベリウスもお忘れなく。こちらは宇宙観が変わりまっせ!!

さてこれからリハーサルです。本日はゲーゼとグリーグというノルディックの作曲家です。

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