さらば2004

大雪で年を越すなど何年ぶりだろう。静かな冬となった。

 2004年もあと数時間。社会的にも個人的にもいろいろなことがおきた1年。命を改めて考える年だった。昨夜NHKで流れていた番組「地球大進化」は重要なメッセージを発していたと思う。ちょうど一年前も自然環境に関する番組が放映され、それについてのエッセイを書いていた。年末は大きく振り返ったり考える時間があるということなのだろうか、こういう重い番組をよく放送する。「滅亡と進化」このテーマは某漫画家が昔描いていた。その頃から自分の中で滅びへの道という意識は消えない。
 
 番組で語られていた「言葉」を人類が持ったことの意味-現代の社会はこの言葉が滅びへの原因となってしまっていること・・・これは真理だ。しかし同時に発していたメッセージ「言葉により人類の危機を乗り越えること」この大切さを世界中で認識している必要があると痛切に思う。言葉が空虚に飾られ、それによって発するメッセージが虚飾に満ちることが当然となってしまっているテレビ文化。嘘と知りつつだまされる楽しさに慣れすぎてしまった危険性、表面的なわかりやすさと以居心地の良さが大きな価値観となって、思考を麻痺させている恐怖。もはや大衆を操ることはいとも簡単になってしまっている。半世紀前の愚行が簡単に再現されてしまう素地を持っている社会。栄えすぎた人類という言葉が昨夜も番組で使われていたが、そのことを認識してコントロールしていける能力を持っているのも、また人類だ。それまでの栄華を極めた生物が自然の変化により絶えたことと同じことが、将来的には我々人類にも降りかかるのかもしれない。しかしそれ以前に自ら滅びの加速度を早めてしまっている愚行を、少なくとも早くやめよう。

 地球号の乗組員としては、自分の数十年の人生だけを考えているだけでは片手落ちか。しかし地球の誕生、生命の誕生、進化を知るほどに、この神秘に参加している自分の人生がおもしろく、そしてこの地球の行く末が楽しみになる。大切につないでいきたいと思う。
昨夜のような番組を、教育の現場のあらゆる科目に生かしてはいけないものか。すべては想像力だ。そして創造性だ。なんのために生きているのかわからなくなる若者が多い今、地球の営みに一人一人が大切な役割を持っていることを、自分の感覚で知ってもらうことは一つの突破口になるかもしれない。

 自分は音大に入る前、「考古学」を選ぶか「音楽教育」を選ぶかしばらく考え悩んだ時期があった。現在職業としては「指揮者」を選択しているが、「教育」にも首を突っ込んでおり、また古の作品に思いをはせることは、十分一つの「考古学」だと思う。また再現芸術家としての任は「造られたもの・あるもの」への探求というところから始まる。それも一つの考古学ではないだろうか。作曲家によっては、「科学」や「数学」を専門にしていた人も多く、そんな人々の頭の中は無限の世界が広がっていたことと思う。音符の世界という閉ざされた世界だけではないそういう広い世界への探究心、それもひとつ音楽家としてのあり方だ。自分はそれを楽しんでいる。

 NHKは個人的に好きな局だった。昔から我が家はお世話になっている局だ。しかし、今年発覚したあらゆる問題点・・・これはいただけない。とっても残念だ。ある時期からNHKが変わった・・と漠然と感じていた。今年噴出の問題が原因だと自分の中でつながった。スポンサーを持たないことの意味をNHKは忘れてしまっている。問題は一部の部署だけなのかもしれない。NHKの誇りと自信を持って、テレビという力のあるメディアを有意義に使いこなしてほしい。NHKだけにしかできないことがたくさんある。だから私は受信料は払う。まだ期待している。立ち直ってほしい。会長はやめるべきだと思うが・・・。

 「冬のソナタ」は年末の放映を「つまみ見」した。大筋の流れはこれで把握できた。ドラマのテンポも風景の美しさも非常に心地よく、自分の世代の女性に大人気というのは納得がいく。郷愁を誘うドラマだ。ドラマは好きだ。しかし・・・あの「ヨン様騒動」は今もってよくわからない。

 番組ついでに一つ、大晦日のレコード大賞という民放の番組が「新国立劇場」を使用している。大晦日にここを使用してオペラやバレエやコンサートなど興行を企画したい人はたくさんいたのに、決して貸さなかった劇場が今回民放の番組には貸した。もちろん経済的な理由が第一なのだろう。納得はいかない。悲しい国だなと改めて思っただけだ。

 図らずも地球規模の天災が地球の楽園と言われる土地で年末に起こった。秋ごろ女性誌でこの地域のリゾートホテルを特集していたのを見かけたので、おそらくそれで予約を取った観光客もいたのではないか。本当に災難だったと思う。この地球規模の天災・・・が今後もますます起こるのであろう。それが現実であることを昨夜の番組は教えてくれた。もう人類の中での争いをしている場合ではない時代に入っているのではないか。自然科学の分野では、世界的な学会などで十分にお互いの情報交換が行なわれているようだ。国境がない-と言われる音楽の世界も、つまらない音楽産業界での縄張り争いを除けば、十分にお互いに手を携えることはできるであろう。政治と宗教、そして経済。この分野が地球の危機を真剣に議論していく2005年となってほしい。

 健康をとり戻した今年、迷惑をおかけした皆さんに改めてお詫びを申し上げると同時に、お世話になった皆さんに深く感謝申し上げたい。2005年は身体も鍛えなおしていくつもりだ。術後十分に動けないことで、だいぶ鈍牛となってしまった。フィンランドでの仕事も始まる。国内でも新たな仕事が始まる。逞しく軽やかに、そして柔らかく歩いていきたい。2005年への一歩が楽しく豊かなものでありますように。心から祈りをささげます。

2004年12月31日

 

 

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