オウルンサロ音楽祭

7月30日、関西空港からヘルシンキ・ヴァンター空港へ飛んでそのままオウルー空港へ。そこから始まる2週間ほどの音楽祭の日々は、とてもゆっくりとそして静かに味わった時間だった。写真を掲載しての音楽祭紹介は「北欧紹介」のページに後日掲載しようと思う。

 オウルーはフィンランドの西側にある都市。その直ぐ隣にオウルンサロという小さな街がある。海と湖と草原と白樺林を抱えた本当に豊かな自然の色に恵まれた土地だ。フィンランドの西側はトゥルクとナーンタリに以前足を運んでいる。文化の違いを感じるところで、もちろんスウェーデン語を話す人が多く住む地域でもある。昔の首都トゥルクはその重さも感じる。ナーンタリはムーミンの島があるところで観光地としても有名。私はラハティ響の演奏旅行で同行した。

 オウルンサロ音楽祭は、ピアニスト舘野泉氏が8年前から主催する音楽祭だ。日本のアーチストも多く出演の機会を頂いている。ピアニストの水月恵美子さん、メゾソプラノの駒ヶ嶺ゆかりさんは複数回登場している。今回が第8回目。EUSIAクワルテット(1st Vn 高木和弘 2nd Vn Janne舘野 Va 小倉由紀子 Vc Adrien Zitoun)と弦楽オーケストラLa Tempestaのコンビの演奏会を今回は指揮することとなった。

 7月30日の夕方、オウルー空港へ到着すると、事務局の方が迎えてくださった。非常に陽射しが強く真夏の光。早速ホテルに入り、少ししてウェルカムパーティに参加する。音楽祭の支援組織の主催で、中庭を持つコテージでの野外パーティ。オーケストラのメンバーやソリスト・お客様・スタッフ一同集って、フィンランドスタイルのお食事を頂く。パンケーキもあった。焼いてくださるプロの方の前に行列ができる。夜9時を過ぎてもちっとも暗くならなかったが、さすがに風は冷たくなる。今年も参加の水月恵美子さんとも顔を合わせる。彼女は音楽祭のベテランだ。皆さんとおなじみ。いろいろご紹介いただいた。ラ・テンペスタのメンバーは、7月初めに日本で会っているが、今回は数人新しいメンバーがいる。10時近くになり三々五々宿に戻った。さすがに疲れて爆睡。

 翌日早速リハーサルである。今回二日間しかリハーサルがない。メンバーは他にも演奏を抱えているので、スケジュールもタイトである。こちらの準備も慎重にしていないとリハーサルがはかどらない。まずはニールセン「小組曲」から。全員の耳が良いことを肌で感じる。フレーズとアーティキュレーションの確認、そしてダイナミクスとバランスのチェックは明日に残すこととする。まだまだ速いパッセージは弾きこなせていない。

 次に武満徹の「3つの映画音楽から」これは彼らは日本でも演奏している。ただし一部メンバーも異なっている。また自分の解釈も伝えなくてはいけない。1曲目のジャズビートの感じ方を確認した。あとは細かく指定してあるテンポの変化も気をつけてリハーサルを進める。2曲目は最もシリアスな部分。ハーモニーとリズムと音色とバランスすべての要素で、デリケートな味が作られている。これをどこまで作り上げられるか・・・初日は設計を確認したところで終わった。3曲目のワルツも非常にシニカルで哀しく美しく・・・そして繰り返すメロディーが少しずつ変化を与えられていることを何とか引き出したかった。

 大きな休憩のあと、ソリストたちを交えてのリハーサル。プログラムの冒頭となる、エルガーの「序奏とアレグロ」はお気に入りの曲。EUSIAクワルテットとのアンサンブルは非常に刺激的なものとなった。もちろんとても難しい作品。アンサンブルのセッティングにも悩むところ。結局は前方にクワルテットを置くこととなった。日本で以前手がけたときは、ホールの特性もあったが後方に壇上にクワルテットを配した。それもまた効果的だった。クワルテットのリーダー、高木氏が非常に音楽的能力の高い豊かな才能の若手で、確実にリードを取り、かつアンサンブルのコミュニケーションもとってくださる。ほぼ思ったような流れができるが、オーケストラのディビジョンが多くアンサンブルが難しい。この部分の確認は翌日に少し残した。そして高木氏のソロによる、シベリウス「組曲作品117」これは昨年10月にシベリウス協会のイベント「アイノラの集い」で佐藤まどか氏と共演した作品だ。めったに演奏されない作品をこうして2度も続けて手がけられるのは幸運としかいいようがない。

 ラ・テンペスタのリーダーはヤンネ舘野氏である。彼は舘野泉氏のご子息。ヘルシンキコンセルバトワールで学びその後アメリカでも勉強を続けた。今年は日本でも秋に演奏活動がある。非常に優しく神経の細やかで素晴らしい青年だ。日本語は少し話すということだが、あまり使わない。フィンランド語と英語でのリハーサルを行う。クワルテットのメンバーはチェロがフランス人のため英語での会話。ラ・テンペスタは全員フィンランド人なのでフィンランド語。高木氏はパリで勉強したのでフランス語も堪能で、チェリストとはフランス語で会話する。現在はドイツでコンサートマスターをしているためもちろんドイツ語も大丈夫。非常に有能な人だ。出身は大阪。日本人とは関西弁で話す。ビオラの小倉さんも関西の出身。現在はシカゴ響に在籍している。まさにインターナショナルな環境のリハーサルである。

 翌日のリハーサルはエルガーから。まずはオーケストラだけのリハーサル。これはどうしても必要だった。少しずつ形ができてくる。音色と音程に関してはほとんど問題がないので、テンポとニュアンス、作品の設計の意識の統一に集中できた。難所はヴァンスカ氏のようにゆっくり繰り返すリハーサルを行う。その後ソリストを交えて行うと、非常に流れがよくなった。昨日手の不調で休んでいたチェロも参加。受け渡しの細かいニュアンスを最後に確認して終了。シベリウスの作品も高木氏と少しずつ呼吸があってくる。3楽章のテンポ設定が以外に難しい。この日はマデトヤの「エレジー」もリハーサル。これはフィンランドで2回目、日本で1度てがけている。メロディは優しいが音の絡みが複雑なので以外に難しい作品だ。良い流れを作らないとみごとに足がからまってしまうような演奏になる。

 休憩の後、ヤンネ舘野氏が準備してくれたDVDで武満作品のもとの映画を少し見る。ボクサーの人生・原爆の話・哀しい女性の唄、それぞれに強いメッセージを訴えかけるモノクロの画面。全員静寂で見入る。その後のリハーサルで見事に音が変わった。特に2曲目に対しての理解が深まり、複雑なパッセージの意味が全員で共有できたように感じた。まだこなれていない部分
は明日に残す。ニールセンは最終楽章は演奏が大変だ。しかし彼の作品1であること、そしてこの特徴ある繰り返すメロディーとオスティナートのリズムが喜びに聴こえなくてはニールセンにならないということをお願いすると、皆笑顔で「OK」と答えてくれた。明日が楽しみである。ちなみにこの日のリハーサルに、YLE TVの取材があり、リハーサルの模様を収録していた。夜のニュースに流れたようだ。ヨウコ・ハルヤンネ氏とトゥルクの海軍軍楽隊指揮者ティモ・コティライネンが連絡をくださった。「見たよ!」(笑)

 8月2日、演奏会当日もリハーサルを2度に分けて行う。リハーサルルームでの最後のリハーサルは、効率よく進んだ。間をあけて、コンサート会場となる場所で最後のステージリハーサル。ここは体育館ともなる場所なのだが、音響施設も壁に設置されていて、コンサートホールとしても十分に使用できるようになっている。このOulunsalo taloというホールは音楽学校を併設していて、地域の生徒が楽器のレッスンなどに通いにきている。図書館もあり文化的な総合施設と言えるだろう。フィンランドの建築物は木をふんだんに使うが、ここも同様、非常に美しい建物だ。会場は横に長いのでセッティングが少々難しい。あまり拡がり過ぎないように配置しないと響きがばらばらになってしまう。エルガーの冒頭が響いたとき、演奏会の成功を確信した。

 18時過ぎから少しずつ地域のお客様が集まってくる。ラ・テンペスタは今年の芸術家ということで、スポットが当たっているグループなので注目も高い。19時開演。メンバーも皆良い顔をしている。演奏会が始まった。エルガーはドラマチックな演奏になったと思う。懸案の中間部のフーガも良い流れで後半へつながる。クワルテットも見事な演奏。良いスタートとなった。続くマデトヤ。遅すぎてもダメな曲でありテンポが難しい。しかし歌心溢れる音がオーケストラから流れていたと思う。続くシベリウス、高木氏の見事なソロでお客様も喜んでくださった。サポートのオケも一緒に楽しんでいた。休憩は20分。ゆっくりとしたコンサート時間を持つのもこちらの特徴。

 後半は武満作品から。この作品の演奏には、8月の6日・8日そして15日という過去への想いを持って臨んでいたので、非常に集中力の高いものとなった。それはオーケストラも同様で特に2楽章は恐ろしい静寂と美しさが感じられた。大きな拍手を頂いた。そしてニールセン。喜怒哀楽の激しい作曲家の作品1である。凝縮しているエネルギーがフィンランドの作品とは全く違う。自分の内部の切り替えも必要。最後はメンバーもエネルギーを爆発させていた。再び大きな拍手。アンコールは、「ふるさと」の弦楽アレンジ。音が流れていく、溢れていくという感覚をじっくりと味わった。メンバーに感謝である。

 終演後、館内の図書室のスペースを借りて簡単な打ち上げを催した。メンバーと事務局と舘野先生ご夫妻なども参加してくださった。長い時間いろいろな話をした。その後盛り上がって、メンバーが宿泊している学校の施設まで一緒に行って打ち上げの続き。まだ若い彼らだが、本当に真摯で暖かく一緒に音楽を作っていた時間が嬉しかった。

 こうして自分の出番は8月2日で終わってしまったわけだが、その後他の参加者の演奏を聴き、素晴らしい作品との出会いも経験して 実に豊かな時間を過ごさせてもらった。
海外で活躍する日本人の若手、高木氏と小倉さんともいろいろな話ができたのも貴重だった。こんなに素晴らしい人が数多く世界に散っている現状は、もっともっと日本国内でも知られて良いと思う。

 音楽祭の最後にスポンサーのマリメッコからとメンバーから贈り物を頂いた。大事に使わせていただこう。そしてメンバーのシニッカさんの家で数名とサウナタイムを過ごす。静かな夜の時間を静かな語らいで過ごすという、遠い昔日本でもあったような時間を味合わせていただいた。何とか日本でもそのような環境でいたいものだが・・・無理だろうな・・・

 文章でのご報告は以上。あとは後日写真などであらためて様子を掲載いたします。このオウルンサロ音楽祭には来年も出演を依頼されました。8月4日の新聞「KALEVA」には詳細にコンサートのことが書かれてあり、細かく批評を頂いていました。これもまた別に記載します。素晴らしい時間に KIITOS!  
 

2005年9月5日
 

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