Paikka-Place-場所

 日本の春の大イヴェントGWが終わった。移動して日常と異なる場所でくつろぎ、楽しむ時間を持ったご家族も多かったと思う。皆さんどのように場所を選んでいるのだろう。好きな場所、興味のある場所、人気の場所、いかなくてはいけない場所・・・選ぶ理由と目的はそれぞれ。場所を変えるということは、かなり身体に与える影響も大きいと思う。年齢を重ねるとそのことを実感することが多い。

 私は引越しが非常に多く、生まれてこの方15回住む家を変えている。決して趣味ではないけれど、引越しは好きなほうだと思う。独立するまではもちろん親の都合。その後は自分の都合、生活の都合・・もろもろ・・。自分で場所を選べる年代になってから選んだ土地はやはり好きな土地だったと思う。

 好きな場所、嫌いな場所というのはおそらく誰にもあるのではないか・・そこへ行くとなんだか元気になる場所、反してどうも落ち着かない、肌に合わないという場所・・・嫌いな場所を列挙しても気分が良くないので今回は好きな場所を並べてみよう。

 国内では、筆頭は札幌である。誰がなんといおうと札幌だ。新千歳空港に降り立つと本当にほっとする。住んでいた子供時代とはあまりにも札幌の郊外は変わってしまった。面影はない。それでも空気と空と山と豊平川は変わっていない。札幌の空気に触れると元気になる。

 次は自宅のある東京下町。これも中学校高校時代を下町地区で過ごしている影響はある。今住んでいるのは新しい下町地区といわれるところだが、寄り添って暮らす暖かな空気は隅田川のほとりの江戸っ子が住まう地区と変わりはない。下町は静かだ。人の声はよくきこえる、隣近所の家の音も聞こえてくる、それでも静かだ。なぜだろう・・・そう、繁華街にある人工的な拡声器による不特定多数への無意味な音がない。必要な情報の音と、生活で自然に出てくる音だけの空間。これはとても気持ちが良い。実際子供たちが学校へ行ってしまったあとの時間や夜間は、恐ろしいほど静かになることがある。今現在も自分の心臓の音がきこえそうだ。そんな下町地区にも新しい高層住宅の波は押し寄せていて、少しずつ雰囲気は変わりつつある。

 その下町に程近い上野駅。駅の中で私はここが一番好きだ。上野駅に着くとなぜか元気になる。東京駅ではそうはならない。この差が自分の不思議の一つ。北へ向かう・・・という歌ではないけど、その方角に自分の憧れの地がある!という意識なのだろうか。現在上野駅も改築が進んで新しさと昔のよさが同居する形になっている。これからまだ変わるだろう。どうか昔この駅から人生が始まった人の歴史を汲み取った駅として発展していってほしい。

 関東でもう一箇所、浅草を挙げたい。はっきり言ってごちゃごちゃの場所だと思う。それでも潔くいろいろなものが生きているという元気がある。だからからっとしていると感じる。それが素敵だ。好みのお店が2箇所、「神谷バー」と「カフェ ムルソー」

 フィンランドの中でも特にお好みの土地という場所がある。トップは「アイノラの里」これは精神的に大事な土地だ。ヤルヴェンパーという地域にある。広い首都ヘルシンキの中でも、フィンランディアホールと国立歌劇場が並ぶ地域は、Toolonlahtiという水辺のほとりにあり、美しい公園が続き、とても爽やかで品のある場所。ここも気持ちが落ち着き、それでいて引き締まる。そこから少し歩くと、テンペルアウキオという岩壁を持つ半地下のような構造のホールがある。ここでの音楽会ではいつも大事なことが心に残る。魂に新しい響きを植えつけられるような感覚、素晴らしい場所だ。

 ラハティ市の中でも風景はさまざま。ちょっと郊外へ出ると人口9万の都市であることを忘れるほど、自然が豊かだ。このサイトのトップ写真でも度々登場するヴェシヤルヴィは、ラハティのもっとも手ごろでお薦めの場所。シベリウスホールもこのほとりにあり、少々広いが歩いて一周することは可能。良い散歩コースだ。通勤に利用する人も多く、朝はいろいろなスタイルの人が見られる。ラハティ響のメンバーも自転車通勤や徒歩通勤の人は、この道を使うことが多い。あの風を感じてリハーサルに向かえる環境は素敵だ。

 北極圏のロヴァニエミという街は旅行番組でも度々登場するようになったが、伝統文化と新しさと両方が感じられる面白い場所。ここは第二次世界大戦で街は壊滅的な被害を受けているが、アールトによってその後町並みが作られ美しく整備されている。歴史と文化がじっくりと見られるアルクティクムという博物館は素晴らしい。ここは飽きない。

 北欧の中でもう一箇所非常に好きな街がある。ノルウェーのベルゲン。グリーグの土地だ。彼の作曲小屋や自宅など見ることができるが、あの湾を独占した環境はなんとも壮大で見事でうらやましく、そしてそこに立っただけで、グリーグの作品の響きが解読できてしまう気持ちになる。ベルゲンの街はフィヨルドの地形を持つため、独特の町並みになっている。夕方家々に明かりが灯るときの美しさは言葉を失う。ここも自分にとって大切な土地の一つ。

 ロシアのサンクトペテルブルグは演奏旅行で立ち寄っている。4日ほどの滞在だったが、1995年のことだったので、まだ情勢は危うく緊張が街に漂っていた。相愛大学のジュニアオケでのツアー。警備の警官がつねに我々をガードしていた。そんな中でもあの美しい都市の新しい姿や氷が解け始めたネヴァ河、もちろんエルミタージュ・・・・リハーサルとコンサートの中で決してゆっくりとした時間は取ることはできなかったのだが、美しい記憶で残っている。フィンランドからはわずかの距離なのでいずれ訪れることもあるだろう。

連休中にテレビを通して見たドキュメンタリーや旅番組などに触発されて書いてみたエッセイ。書き出すと素敵な土地は限りなくあることが再認識される。テレビ番組の中で印象に残ったことがいくつかあった。

一つは昨日の「日本料理」に関するもの。世界中に広まる日本料理についての追跡とその中で日本の料理人たちがどのようにこの文化を継承していっているか、ということを追っていた。国と文化と味覚が違っても、一流の料理人が本質の部分で分かり合えるという素晴らしい結果を見せていて心に残った。自分の文化を大切にして、その上で異文化を理解しようと努力すること、その新しい融合を楽しむこと、研究すること・・非常に自分の活動にも通じるメッセージを感じて心強かった。

今日の午前中に再放送されていた「左手
のピアニスト」これは舘野泉氏のドキュメンタリーだが、この番組でも舘野先生の言葉を通して、自分自身のフィンランドとの関わりへの動機を再確認できたように思った。舘野先生がフィンランドを目指した心と、芸術活動とは何なのか・・・ということ。そしてフィンランドと日本の双方を大切に歩んでこられた人生。場所を変えても何も変わらない本質。それを持っていることの凄さと強さ。どこにいても勉強はできるし、学べる、しかし逆に場所を変えたからといってその土地のものを会得できるわけではない、身に着けるためには理解するためには、結局は自分自身との対話であり、自分で見つけていくことなのだと改めて確信した。

 場所を変えて勉強すること、留学ということだが、これはできれば若いうちに行った方が良いと私は思っている。その機会がなかったなら、自国できちんと何かを学び何かを身につけ、考える能力判断する力を持った上で時期を見て出かけるのが良いと思う。何となく行って何とかなる、と考えるのは私は危険だと思う。自分はそれで一度失敗している。留学なんぞしなくても素晴らしい活動をしている人はたくさんいる、留学しても何となく滞在しているだけで、結局何もつかみ取れない人もいる。文化の表面だけ真似すること、雰囲気だけ盗むこと、これは一番危険だ。若くして違う文化の中に住むことは、自分の血となり肉となる時間と機会が多いわけで、これは強みだ。別なところでも書いたが、言語環境と音楽と文化は密接なつながりを持つので、その意味でも丸ごとそっくりと身につけることができるうちに留学できれば、それは素晴らしい成果となるだろう。そういう若い世代がとても増えていて私はうらやましく頼もしく思う。

 それぞれの場所の魅力はすなわち場所の持つ歴史と人の息吹だ。文化そのものだ。だから肌の合う場所、苦手な場所があって当然。国内外を問わず未知の土地はたくさんあるわけだが、それぞれの文化と正面から向き合って、楽しんだり喧嘩をしたり慰められたり泣かされたり励まされたり・・・そんな人生が続くと良いな。まずは元気に足腰も丈夫であらねば。

 Paikkaはフィンランド語で場所という意味を持つ。ローカルなという意味を表すためには、Paikkakunnallinenという長い単語になる。一つの単語が長くなることはフィンランド語の特徴。そういう部分とも気を長くもってお付き合いをしていきたい。フィンランド語のレッスンをようやく再開したこの春。脳みそのフィンランド語の場所をきちんと整理整頓しましょう。

2005年5月8日

 

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