夏の前に

春先に身体のメンテナンスのため30日ほど入院するという事態になった。状態の悪化は昨秋から分かっていたのだが、「まだ大丈夫・・」と放置。結果多くの方に迷惑をかけることとなり猛省の今年度のスタート。自分の身体の声にも耳を傾けるということは、プロとしての大事な仕事だと思った。二度とあの日々は繰り返したくない。

 病院はいろいろな事情を抱えた人が集まっている。治療に携わる医師と看護士の方々は本当に大変だろうなと思った。そしてそのパワーに感服する日々だった。医師は元気でないと務まらない、看護士は常に患者を励まし、患者ができるだけ早く病院から日常に復帰するためにエールを送り続ける。「お仕事」と言ってしまえばそれまでだが、人の生命のエネルギーに対する信頼と愛情がなくては務まらないことだろうと思う。長期入院している患者などは自身に非常にたくさんのストレスを抱えている。それが時々爆発する現場にも私も遭遇している。理不尽なことを突きつける患者もいる。自宅と同じように我侭に振舞う人もいる。人間模様が生々しく展開される病棟。その中で笑顔で叱咤激励を続ける医療スタッフには学ぶことが多かった。感謝の日々。

 いくつか気がついたことがあった。病院の食事は意外と美味しいぞ・・ということ。バランスはもちろん良いし、治療に併せたメニューが用意されている。デザートもあり1週間の中でメニューのプログラムがメリハリをつけて考えられていた。休日の前がちょっと豪華。子供の日には鯉のぼりの折り紙付の祝日メニュー。規則正しい食事は生活全体にリズムを与えるということも実感。入院中はできることは限られるが、それでも時間の使い方を考える日々だった。そのまま日常に復帰しても継続していきたいと思っていたが現実は・・・(苦笑)
 
 
  もうひとつは自立とベッドの関係。今回入院後半で切腹!いえ開腹手術を受けたためその後はしばらく動きが不自由。それでも寝たきりは回復を遅らせるということで、スタッフは「できるだけ早く歩けるように!」という治療姿勢で取り組んでいる。本人も気持ちは焦るが、術後2,3日はどう頑張っても動けない。上半身は動くが足が信じられないほど使えない。「ここが使えないと、ここも動かないのだな・・」と身体の筋肉構造を改めて発見する楽しみもあった。上半身だけの力でベッドから降りようとするときに頼りになるのは、手でつかまれるものである。今の病棟のベッドは(幸い入院したところがこの3月に新病棟オープンのところだった)電動でいろいろな状態に動くようになっているものが多い。それでもベッドの両端につかまれるものがないため、腹筋が使えない状態にとってはベットの上り下りがかなり難しいと思った。初日は30分近くかかり(汗だく)、そしてそれが徐々に短時間でできるようになるのはまた喜びだったが。試行錯誤で記録更新を試みていた。おかげで腕の筋肉は衰えなかったのだが。(笑)そんな中思ったのは、介護ベッドなどでも自立を促すためには、身体の使える機能を駆使して起き上がるための柔軟な対応ができるものが必要なのだな、ということ。人それぞれに抱えている事情は異なる。自分も将来お世話になるかもしれない。モニターにでもなって開発しようかなどとちょっと考えた。

 
  退院して1ヶ月が過ぎた。今はほとんど問題なく日常の動きはできるようになった。まだ激しい運動はご法度であるが、思うように身体が動かせない日々の記憶が遠くなりつつある。入院前に自宅の小さな庭を手入れしていた。好きな花を植え、なんとミニ菜園まで作った。それが今実っている。先日茄子を3本収穫、今は大きなトマトの実が赤くなりはじめている。退院して色とりどりの花が咲いているのを見るのは楽しみだった。紫陽花も雨を喜んでいる。陽射しに向かってぐんぐん育つ植物のエネルギーは、自分の回復への実感とも併せて生命ということを深く感じさせてくれる。痛みを伴ってたくさんのことを学んだ春だったが、夏にはそれを大きく花開かせたいものだ。家族をはじめ身近にサポートしてくださった皆様に心からお礼をお伝えしたい。

 先日発表になったが、7月から東京新聞と中日新聞の夕刊の紙面で半年エッセイを執筆させていただくこととなった。突然のご指名で驚いたが、指揮活動の中でめぐり合う様々な世界のことに目を向けながら書いていこうと思っている。新しい世界がはじまる夏の前。

2004年6月26日
 

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