スケート

“朝ドラ”を見ていてスケートについて少し書いてみたくなった。

 小学校の頃は「フィギュアスケート選手」というのはひそかに一つの目標で憧れだった。札幌オリンピックを前にして市内にスケートの施設が整備されていった。あの当時スケート人口も増えたのではないだろうか。9歳の頃が初滑りであったと思う。白いスケート靴は今もどこかにあるはずだ。屋内リンク、屋外リンクともに結構盛況だった記憶がある。

 初滑りはなんと後ろ向きに・・・まったく素人で指導を受けたわけでもなかったので見よう見まねでリンクに立った。フィギュア用はスケートの歯が太めである。氷に立つことはあまり難しくない。そこから一歩踏み出したところが体はなぜか後ろへ。そのままバック滑走を先に覚えてしまったというおそまつ。何とか前進を覚えたところで暴走が始まった。

 氷を削る音、冷たい空気はとても気持ちのよいものだ。そして日常では味わえないスピード感。これのとりこになった私は満足な技術もないままひたすらスピードを上げてリンクを滑走していた。ジャンプの真似事、スパイラルの真似事、今おもうと冷や汗なのだが。スキーもスケートも止まる、ということがとても難しいのは経験者の皆さんはご存知と思う。スケートの場合エッジの向きを変えて止まるわけだが初心者ができるはずがない。ここはアイスホッケーばりにリンクの壁に体当たりという方法がある。徐々にスピードを落として最後は壁に激突で止まるという方法。決して周りの人につかまって止まろうと思ってはいけない。それは命取りだ。二人とも転倒というオチとなる。

 暴走がたたって一度屋外リンクで大怪我を負った。私はどうしてもスピードスケート靴で氷にたてなかった。でもスピードを出すことはこだわっていたので、屋外リンクでスピードを出すほかの滑走者と自分だけの競争をよく試みていた。大人や上級生が格好よくスピードスケートの走法で滑りぬけていくのをあとから追いかける。そして大転倒!そのときの膝の怪我は医者をあきれさせた。お転婆もたいがいにせよ、というお告げか。膝が痛むという後遺症は長期間引きずっている。

 札幌オリンピックではなんと言っても ジャネット・リン選手が人気だった。彼女は結局第三位であったと思うが、あのフリー演技の魅力は他の選手には出せないものだったという印象を持っている。習ってはいなかったがバレエが好きで自分勝手な振り付けをして遊んでいた私としては、このフィギュアスケートという新しい分野に夢中になった。白昼夢のように自分の選手姿を思い描いていたものだ。もちろん選曲はクラシックの作品からあれこれと。いまだにスケートは好きで競技も見るようにしているが、ずっと不満に思っていたことはこの選曲と振り付けである。スポーツとしての課題があるわけで踊りとしての美しさだけを追求する競技ではないことは当然だ。しかしあまりに以前は選曲と振り付けが我慢ならないほどちぐはぐであることが多かった。芸術的審査に絶対に響くな・・という感想を勝手に持ってぶつぶつ言いながら観戦していたものだ。私に振り付けをさせてくれ!と叫びながら(笑)

 バレエ王国のロシアの選手はこの振り付けも見事。表面的な動きだけではなく、使用する音楽に内在するいろいろなエネルギーを上手に動きに反映させている。音楽を導いているという印象を受ける振り付けにも出会うことがあった。そうなってくると見ているほうはとても自然な流れを感じる。その中に高度な技が盛り込まれていたらこれは誰をもうならせるであろう。女性スケーターだけではなく男性もある時代から非常にこの音楽との融合性を高めた振り付けを生むようになってきていた。熱狂的なファンがいるような選手は音楽がなくても音を生んでいるかのような優美な流れを持って氷を滑走している。

 そのようなセンスの選手がとても少なかったのが日本。しかしここ最近は飛躍的に変わってきた。私は村主選手のひそかなファンだが彼女の持つ音へのセンスは今までの日本のスケーターにはなかったものではないだろうか。そして今そのセンスと才能を持つ選手が続々と出ている。日本人のスタイルも変わった。ルックスもアピールの仕方も。バレエの世界でも優秀な人材が毎年海外に出ている。そんな下地を持った選手が今後もどんどん増えるのであろう。とても楽しみだ。

 久しぶりに滑ってみようか・・

2004年2月4日

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