北欧の音楽家たちと作品 その3

Kalevi Aho(1949~)のことは、これまでも度々触れてきた。いよいよ今月東京で作品を初演する。今回取上げたのは、吹奏楽の作品「Tristia」である。これは氏がロシアの詩人 O.Mandelstaminの同名の詩集から影響を受けてつけられたタイトルを持つ作品である。その名のとおり、陰鬱で部分的に苛酷な難しさを持つ作品である。今回プログラムノートも担当したので後日こちらにもそれは掲載するつもりである。

 Kalevi Ahoは「新しい方法で人生と世界を認識するようなショックを聴衆に与えなければ作品は意味が無い」という持論を持つ。私はこの認識という言葉に非常に共感する。そして認識は時代を経て人類の経験が蓄積されるほどに変容してくるものだ。Kalevi Aho自身も70年代から現在まで常にフィンランド作曲界にあって同世代のリーダーでありつづけているが、はっきりと作曲のスタイルの変遷がみられる。師匠のE.Rautavaaraの影響をはっきり感じる交響曲の数々は第6番を書いたところでモダニストとして変化を遂げている。12曲ある氏の交響曲は協奏曲様式を持つものが4曲ある。(ヴァイオリン、オルガン、トロンボーン、打楽器)

 私は研修中に氏のオペラに2度接している。今回の「Tristia」にも言えることだが、旋律に内在する複雑なリズムは実はフィンランド語のリズムであるということを以前書いた。そしてそれは、我々の言語に非常に近い。そのため西洋音楽的なリズムの強弱で分析すると難しくなるものも、小節線を考えずに邦楽の楽譜を読むかのごとく、または台詞の言い回しを練習するようなつもりで旋律を読み込むと非常にわかり易い。聴いていただくときも、目の前に見えている拍子にとらわれず、横の響きに身を任せていただけるとこの作曲家の特徴が味わえると思うので、そういう演奏になるよう学生と頑張っていくつもりである。

 それにしてもこの作曲家の作品は、ことごとく暗い。暗さの中に彼岸の境地の美しさが垣間見えるのが救いである。取上げる題材も哲学的で瞑想的で、思索に飛んだものが多い。

  ご本人はいつも笑みを絶やさず、いろいろな演奏会に姿を見せ、音楽祭や音楽週間の際にも精力的に走り回っている人である。2001年秋にチューバ協奏曲の初演をラハティ響が行った際、氏の隣でスコアを拝見しながらリハーサルに立ち会っていたが、作品がどんどん仕上がっていくにつれ嬉々としていらしたのが忘れられない。バランスやオーケストレーションなどにいくつかコメントを求められたが、いつも静かに耳を傾けてくださった。この春にラハティでお目にかかったときに、今年の夏「Tristia」を日本で初演させていただく予定のことはお伝えできた。眼鏡の奥で静かに喜んでいらした。いつか氏の交響曲を日本で演奏したい。

2003年7月1日
 

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