ピアノ その2

高校時代の後半、一時期「プログレッシブロック」なるものに関わっていた。友人の友人という伝でロックバンドのキーボード奏者を急遽募集という話をきき1回の助っ人のつもりで参加。これがプログレとの出会いであった。
 
 ELP, YES、クリムゾン等・・・お好きな人はご存知と思う。そのあたりを演奏していた。それまで全く未知の分野だったので目を丸くしながらの毎日。中学からビートルズにはかなり夢中になっていたし、またカントリーミュージックも好きだった。ジョン デンバーやオリビア ニュートンジョンなど知人の紹介もあり随分聴いていた。ハードロック系は苦手で基本的にアコースティックサウンドしか駄目だった自分だが、なぜ続いたか-アレンジが面白かったのである。

 ブラームスの交響曲第4番の3楽章。コープランドのロデオよりホウダウン、ムソルグスキー展覧会の絵などの作品が上記のバンドによってアレンジされていた。ELPは特に作品のスタイルが非常にシンフォニックで面白いものが多かった。それらを真似してアドリブの部分に自分でも創作するのである。

 思わぬ効果もあり、楽譜がないためいわゆる耳コピーをしていたが、それが密かに聴音の訓練にもなっていた。かなり複雑なリズムと複合的なハーモニーなど含まれていたので初めは苦労したが・・。そんなバンド活動はおよそ1年で終結。そして又アコースティックの世界へ戻った。今でも時々思い出し弾く作品もある。

 大学時代のピアノとの関わりは人の伴奏ということがかなりウェートを占めていた。副科声楽のレッスンの際にお互いに伴奏をするのは当然として、管打楽器専攻生の伴奏の機会をもてたのは非常に幸運だった。トロンボーン、ホルン、クラリネット、サクソフォーン、打楽器など。レッスンや試験、演奏会、そしてオーケストラの入団オーディションと立ち会ってきた。在学中後半は、トロンボーン専攻生の専属伴奏者のようになっていた。彼は今とあるオーケストラで活躍中である。

 伴奏者としてレッスンについてゆくと、現役のオーケストラ奏者に会えたわけである。当時ステージの上の人として見ていた演奏家が 何を語り何を求めたかを至近距離で話をきくことが出来た。直接伴奏者に要求も飛ぶ。貴重な財産となる時間だった。

 国立音大時代の卒業試験はプロコフィエフのソナタ第3番。冷たく激しく美しい作品で大好きだった。 大学4年生の頃から 当時転居したばかりの埋立地にできた大集合住宅地でピアノを教え始めた。初めは幼稚園児から小学生がほとんどだったが、新しい土地だったのであっという間に増えて、30名以上になっていたか・・。一人では教えきれなくなったので ピアノ専攻の友人に助けてもらって個人教室を維持していた。今その当時の幼稚園児だった生徒が社会人になり、結婚します!という人もでてきている。時の流れを感じる知らせである。
 
 初心者もかなり多かったので、音楽全般への興味ということを念頭に置いてピアノの手ほどきをしていた。年に1回のクリスマス発表会は楽しいイベントだった。生徒演奏だけではなく講師演奏もあり、又生徒参加の音楽劇や生徒に音楽のイメージを絵にしてもらい、それをスライド上映しながらピアノ連弾演奏なども行った。このようなプロデュースが好きなのは今も変っていない。

 桐朋学園に入学してからはピアノの勉強にスコアリーディングが入った。以前からもちろんスコアを読むために行っていたことだが、レッスンでの課題は又異なる厳しさがあった。桐朋学園の指揮レッスンでは、ピアニストを二人お願いしてピアノ2台にオーケストラの楽譜を振り分けて行う。当時の指揮伴と呼ばれていたピアニスト達は現在プロオーケストラの中、ピアノ担当で姿を拝見する。ほとんどが女性だったが、彼女達はピアノ譜にアレンジされたものを弾くのではなく、オーケストラスコアをそのまま読んで弾く。分担はそれぞれ話し合って決めている。これは凄い能力だ。指揮者でピアノが弾ける人達も時々担当していた。自分の指揮レッスンでRシュトラウスの「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を小澤征爾氏の特別レッスンで受講した際 小澤先生もピアニストに驚嘆していらしたのを覚えている。

 オペラの仕事をはじめてからは、歌手の稽古というピアノの出番があった。副指揮者としての頃は、ピアニストの急な欠席や手が足りない時のピンチヒッターはもちろん、個人的に稽古をしたい歌手の練習にもつきあった。自分でタクトを持ってからも初めの音楽稽古は可能な限りは自分でピアノ稽古をするようにしていた。その時間が膨らみステージで大きなものとなってゆくことが何よりの喜び。専門のコレペティトゥアにはとても及ばないが今後もこの姿勢は続けて行きたい。

 現在はスコアを読むことのほかに、室内楽という分野でピアノに接することが始まっている。これは偶然の縁だった。ラハティ響のメンバーの中で室内楽を自主的に勉強している人がいた。研修で来て3ヶ月ほど過ぎた頃、そのメンバーの一人が「練習に立ち会って、コメントをほしい」と話をもちかけてきた。それがきっかけで結局その時のメンバーに私を加えて演奏会をやろうではないかと企画されたのが、2001年の9月。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノの四重奏である。

 それから今に至るまで4回の公演を持っている。メンバーは途中チェロ奏者がノルウェーのオーケストラの首席奏者になりラハティを去り、ヴァイオリンは手に故障を起こしてしまい、現在療養中。そして今回来週の週末に2公演行うメンバーは新たにチェロにアンサンブルイリスのトップを務めていただいている エストニアの名指揮者ネーメ ヤルヴィ氏の甥にあたる テート ヤルヴィ氏を迎えて又ヴァイオリンにも若い女性を加えて行う。モーツァルトとシューマンのピアノ四重奏である。今回はどのような演奏になりますか・・。

 帰国してまもなくはじめての友の会親睦会が開催される。ここで自主企画のサロンコンサートへのプレコンサートとして、北欧のピアノ作品を少し演奏する。本編のコンサートは後日企画発表予定である。こちらは専門家のご出演を仰ぐ。

 幼い頃はひたすらヴァイオリンに憧れ、オーケストラに憧れ、ピアノに対しての愛情は不足していたと思っている。音を多面的に知るようになってから、改めてこの楽器の魅力に気づかされる。素晴らしいピアニストとの出会いもそのきっかけとなった。又改めてその出会いは書いてみよう。

2003年3月28日
 

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