英国訪問日記風に その3

カーディフベイという地域にBBCウェールズの放送局はあった。途中素晴らしい住宅街を抜けていく。石造りの2階建てで装飾を施した外観に美しい庭を持つ。まるで日本の新興住宅地の並び方のようなものなのだが、古くて趣のある建物が並んでいる。ティータイムが似合いそうな家だ。

 放送局の中にオーケストラのリハーサルスタジオがある。受け付けで名前を告げるとオーケストラの事務局の方が迎えてくださった。中の施設を説明してくださり、師匠尾高氏のいらっしゃる部屋へとご案内いただいた。昨夜カーディフに入られたそうだが、飛行機の遅れで大変だったということ、少々お疲れであったか。無理もない。10時から5時という時間設定の中で協奏曲以外すべてリハーサルを進めた。今回のプログラムは チェルトナムという街では ‘マイスタージンガー前奏曲’‘ラフマニノフ 岩’‘ブラームスピアノ協奏曲第2番’そしてスウォンジーという街ではラフマニノフをヒンデミットの‘画家マチス’に替えて演奏される。インフルエンザが流行っているそうで 何人か病欠があったらしい。日本の流行は峠が過ぎたと聞いている。

 BBCウェールズ響の演奏は今まで日本公演と一昨年のプロムスで聴いた。私が尾高先生に初めてお目にかかった時に丁度このオーケストラのシェフとなられたのでもうかなりの年月が過ぎたことになる。帰りのタクシーでその折の話も出たが、私にとってはその後桐朋ディプロマに進みこの道を決めた大事な年だったのでよく覚えている。その時に先生が「僕英語苦手なんだよね」とつぶやいていらしたのが印象に残っている。今ではジョークも交えながら流暢に気持ちよくリハーサルを進めていらっしゃる。このオーケストラの仕事をはじめられた時から、メンバーは随分変ったそうだ。確かに昔の印象と少し違って聞える。それでもホルンセクションとブラスセクションの安定感は変わらないと思う。気のせいか、ヒンデミットが部分的にスパークの作品に聞えてしまうのは彼等の響きのせいなのであろうか・・。

 北欧のブラスも粒が揃っている。奏法が同じということが徹底されているためでもあるが、響きが非常に美しく溶け合う。透明感も又ゆとりのある豊かな音も両方満喫できる。非常に好きなサウンドである。英国も同様の音質を感じる。英国のオーケストラにはシベリウスの作品に良い演奏が多いのもホルンが揃っているということが一つの理由かもしれない。

 弦楽器と木管楽器の特徴もある部分フィンランドのオケに似ている。弦楽器は少しフィンランドの方がウェットかもしれない。どちらも音色は朴訥でシンプルだ。フレーズの処理や歌いまわしに過剰なドラマがない。細かく挙げるときりがないが、基本的な特色は良く似ていると感じる。

 放送響はどこの国も譜読みが早くてミスも少ない演奏をする特徴があるが、英国のオーケストラは総じて仕事が速いということについてはこれまでも尾高先生から良く話が出ていた。フィルハーモニアなどはほぼ一日のリハーサルですべて仕上げてしまうそうだ。複数の公演のリハーサルをほんの2日ほどでこなしてしまうという状況。決してよいことではないと思うが それをこなしていかなければいけない指揮者のほうが本当に大変であろう・・。音楽を煮詰めることや熟成させ味わっていくことには この英国はあまりに長い歴史を持ちすぎていて 今更・・・という意識もあるのかもしれない。

 長い歴史の複雑な国家構造や隠れた民族文化意識の違いを避けるために発達したユーモアやウィットやマナー、さりげない距離感などが 人間の魂の根幹に触れる部分を皆で音で作り上げていくような音楽行動そのものからさらりと逃避させることになっているのではないかとも感じた。摩擦を避ける大人の文化とも評される英国の気質。音楽作品にも演奏にも十分にそれは見受けられる。同時に彼岸の美しさを経験できる作品が多いと思う、そしてそれは北欧にも似た部分があると思う。

 ここウェールズのオーケストラも仕上がっていくペースは速かった。指揮者尾高氏の素晴らしいリハーサル設計とスムーズな言葉遣いによるものが大きいと実感した。ラフマニノフの‘岩’は初めて聴く作品だがリムスキーコルサコフの交響詩にも似たオーケストレーションで、幻想的だ。画家マチスの難しさも改めて感じた。このオーケストラにはロンドンの王立アカデミーで勉強した日本人のフルート奏者の方がいらした。長年英国に住んでいらっしゃるとのこと。そしてカーディフの音楽院で指揮を勉強している若者にも会った。シベリウス音楽院にも今一人日本人が指揮科に在籍している。皆羽ばたこうと頑張っている。若者に負けられません!

 2003年3月6日
 

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