指揮法講習会を終えて その1

“変拍子 -その1-”のところにも書いたが、先週末は4回目のA県高校吹奏楽指導者講習会というところにお邪魔していた。指揮法の講習である。指揮は勉強することがあまりに多岐に渡るため、その内容は深くかつ広くということになる。しかしそれではポイントがつかめないので、毎回テーマを決めて行っている。今回は、<指揮法初歩><作品の性格描写-組曲><変拍子に挑戦>の3つの項目。

 <指揮法初歩>として基本運動に続き、Mozartの「アイネ クライネ ナハトムジーク」の中から基本の指揮と簡単なアナリーゼも含めての話。これをピアノ2台で実際に音を出してみて先生方に振っていただく。私が低音担当、高音パートを講習会参加の先生のお一人に手伝っていただき、スコアを分担して弾いた。大学の指揮科レッスンは概ねこの形で行っている。(シベリウスアカデミーもそうらしい)。

 話がそれるが 私が学んだクラスではこのシステムでのレッスン。そしてそれを多くの他の学生が見学をしており、又本人はヴィデオに撮影する。後で冷静に客観的な目で分析をするためである。初めに習った師匠にはこのモニター能力の高さが技術向上の鍵だ、と随分言われた。概ね自分で音を出さない指揮者は「やっているつもり」が多いものだ。自己批判を厳しくせよということだ。これはあくまで技術の話である。音楽的な力を磨く事、表出することは又全く違う勉強となる。

 話を今回の講習会に戻そう。基本運動では、とにかく脱力である。その昔「脱力に始まり脱力に終わる」と鍛えられたことは非常に感謝している。これはピアノやヴァイオリンの演奏にもそのまま反映した。指は動くようになり、音は澄んでくる。耳も開き自分の出す音がよく聞えてくる。この講習会でも毎回脱力のことは取上げるので、すっかりマスターなさっている先生もいらっしゃる。前回鋼鉄のような腕だった方も自然な脱力ができていて嬉しい驚きだった。

 指揮法の技術としては初歩の項目に挙げた「アイネ クライネ ナハトムジーク」だが、アナリーゼをしてそれを指揮法と結び付けていく話の中でどんどん奥が深くなっていく。今回はピアノ2台の演奏であるが、実際は弦楽器の演奏者が目の前にいることを想定しての指揮、ということも忘れてはいけない。呼吸の大切さ、奏者のボウイングのイメージ等、ただ正確に拍子を取っているだけではすまないのである。講習の具体的な内容に触れると話が膨大になるので、今回それは触れないことにする。印象に残った事を書いてみたい。

 初日のこの初歩の指揮という時間帯では、スコアをそれぞれがどのように読んでいるか、ということも問題になった。毎回このことはいろいろな観点の先生がいらしてこちらも興味を持ってご意見を伺っている。楽曲分析的に読む事はその方法理論を学べば手順を踏んでできるようになる。しかし、落とし穴が一つあって、音楽の楽語の解釈である。一般的にイタリア語の楽語が圧倒的に多いがこの日本語訳というものが結構本当の意味を伝えていないな、と感じることがある。一度はイタリア語の辞書からその言葉の本来の使われ方を見てみようー!と、これは毎回お伝えしている。かなり作品解釈への近道になると私は思う。もちろんドイツ語も辞書片手は必須である。

 調性へのイメージもそれぞれにあるようで、面白かった。変ホ長調の英雄性格は有名だが、その他にも重要な性格を持った調があることが意外と知られていない。普段何気なく聞いている作品の数々をあらためてそのような分類で考えてみると、逆に新作への理解も深まるかもしれない。何しろ吹奏楽の分野は新作がほとんどなのである。

 アナリーゼには様々な層があると思う。形式の分析、調性の分析、メロディの動機の分析、オーケストレーション、リズムの分析等等。その総合的な理解の仕方が人によって異なるであろうし、具体的な音にしていく課程で本人の感性も相まって様々な色付けがなされていくのが解釈の多様性であろう。推理小説が好きな私は犯人探しの感覚でいつもアナリーゼに取り組む。結果として世の中に出てきたスコアには必ず裏がある!この音を選び取った動機はなんなのだ?劇的な展開をもたらすための伏線がかならず隠されている!なぜ作品の前半と後半でことなるフレーズを書くのだ・・・理由は・・?刑事としてはとことん追求するわけである。時が過ぎるのを忘れるわけだ。楽しい時間である。第2章につづく 

2003年1月27日
 

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