ペトリ・サカリ氏との遭遇  日本シベリウス協会会報原稿

 

9月14日、ヘルシンキ空港発12時10分フィンエア、オスロ行きの機内は比較的混んでいた。母と二人機内に進み座席を見つけると3席並びの通路側にすでに紳士が。荷物入れにはヴァイオリンケースが見えたので「!どこのコンマス?」と私の中では早くもいろいろなオーケストラの顔が浮かぶ。「荷物は上に入れますか?」と親切な問いかけに、母も私もリラックス。機体は順調に高度を上げドリンクサービスタイム。件の氏は「ビールを」と、フィンランド語で注文。紳士の雰囲気とその前の英語の会話がスムースなことから、フィンランド人とは思っていなかったので少々驚きを覚える。私もフィンランド語で注文をすると、紳士の軽い驚きの反応を感じた。途中で氏が抱えていたたくさんの新聞を「これ、よかったら読みますか?」とフィンランド語で問いかける。そして私が手にしていたHelsinginsanomat(ヘルシンキ新聞)を「それよいですか?」と・・・新聞交換成立である。この時点でまだお互いの正体は分かっていない。ほどなくしてオスロ空港に着陸。乗り換えの通路を同じように進むヴァイオリンを持つ紳士。荷物検査で多くの荷物のためお互いに手間取る。ようやく尋ねる「ヴァイオリニストですか?」「いや、ヴァイオリンも弾くが本業は指揮者だよ」私の中で、何かがひらめく・・・・「アイスランドに仕事でね、ペトリ・サカリだよ」「!!!!」
 
来日公演のことを楽しみにしていること、3月に来日されていることを知っていること、ヨウコ・ハルヤンネ氏とのツアーがあったので行けなかったこと、ラハティで研修をしたこと・・・どう説明したか定かではないがそのような内容をお話した。鞄にハルヤンネ氏とのCDを入れていたことを思い出して、厚かましくもお渡しした。ペトリ・サカリ氏はアイスランドでの我々の滞在日程をきき、オーケストラリハーサルのスケジュールを教えてくださった。「どうぞリハーサルにいらしてください」と・・・・・。思わぬご招待であった。母と二人、アイスランドの自然を体験する旅だったが、そこに来日公演に先駆けてアイスランド響に接する機会をえた。リハーサル曲目はシベリウスの4番、5番。私にとってもいま最も勉強をしている4番のリハーサルが聞けるということは、これは何かのお導きに違いない!と天に感謝した。
 
 9月15日はゴールデンサークルと呼ばれるアイスランドの素晴らしい景観を厳しい気候の中堪能した。そして16日、朝9時半からのリハーサルにうかがう。9時ころ会場に到着。ホテルから徒歩で数分の距離。映画館が隣接する建物。築40年ほどの日本の公民館や市民会館のようなつくり。シンプルでやや間口が広いホールだった。マエストロの楽屋を事務局の方の案内で訪ねる。途中来日公演の話も。アイスランド響自体、アジア圏への演奏旅行は初めてということで、メンバーが皆さん楽しみにしていらっしゃることを伺った。日本は10月末でもまだ暑い時がありますというお話をすると、非常に驚いていた。マエストロをお待ちする間、楽屋前の壁を眺めると、以前このオーケストラのポストを持っていたオスモ・ヴァンスカ氏の写真が飾られていた。若き日のヴァンスカ氏の姿である。今回のフィンランドへの旅は、ラハティ響シベリウス音楽祭が目的だった。今年からヴァンスカ氏に代わりユッカ・ペッカ・サラステ氏による音楽祭となった。その1年目を拝聴してからのアイスランド行き。何か不思議なつながりも感じた。
 
 リハーサル開始5分前にペトリ・サカリ氏が楽屋に登場。「今日のリハーサルはいわゆるウォームアップだから、そのつもりで。」というお話。ペトリ・サカリ氏とアイスランド響のシベリウス全曲録音は知られているが、それ以後公の場で交響曲第4番は演奏していないという話だった。また録音の時からメンバーもだいぶ入れかわているということで、はじめてのつもりでじっくりリハーサルが必要だという説明だった。実際は来日公演の直前にまたリハーサルが入るという。
 
 実はこのオーケストラの首席ソロチェリストにBryndís Halla Gylfadóttirさんがいる。ファーストネームはブリンディスさんというが、昨夏のオウルンサロ音楽祭でハイドンの協奏曲を共演した。それ以来の再会でもあった。
 
 9時半にチューニング開始。弦楽器のサイズがラハティより一回り大きい14型。(今回のシベリウス音楽祭ではラハティ響も指揮者の意向で14型を採用していた)。弦楽器の首席奏者はコントラバス以外すべて女性。コンサートマスターも女性であった。弦楽器全体に女性が多い。シベリウスの交響曲第4番は冒頭にチェロの大きなソロがある。もちろん奏者はブリンディスさん。ペトリ・サカリ氏の音楽の運びは非常に情熱的である。オーケストラを全体に鳴らそうとなさっていた。4番のスコアは非常に難しい。パート譜を眺めただけではメロディやテンポはつかみにくい作品である。マエストロの細かな説明も入る。いわゆる指揮者の「振り分け方」(1拍を細かく分けたり、2拍をまとめて振ったりなどのやりかた)を説明しないとアンサンブルに混乱が生じる曲だ。休みなく語り一瞬の隙もつくらないリハーサル運びのマエストロ。アクティブである。
 2度繰り返すとすでに一つの響きが作り上げられていた。管楽器の音の方向性はフィンランドのオーケストラと近いものを感じた。弦楽器はアイスランド響のほうが音が厚く、また熱い。
2楽章を終えたところで休憩に入る。メンバー用のカフェで一緒にお茶をいただく。ブリンディスさんはじめ何人かの楽員の方と言葉を交わした。中国人のメンバーが一人弦楽器に在籍している。彼女は入団して10年ほどになるそうだ。やはり日本へのツアーを楽しみにしていらした。このカフェに日本人形や日本の子供用の着物、食器が飾られていた。ツアーへの一つのセレモニーだろうか・・・。
休憩後、第4番のリハーサルが続く。スコアの不備も直しながらマエストロは複雑な楽譜を解明していく。とにかく明るい。ラテン系の方かと思うほどトークのテンポが速い。ヴァイオリニストでもあるため、ボウイングにも注文が入る。弦楽器セクションにとってこれはあ
りがたいことだ。専門家としての相談がきちんと指揮者とできる。安心感にもなる。12時半でランチタイムの休憩。次は午後3時から交響曲第5番のリハーサル。
 
 私は母との旅の都合もあり、この第5番のほうは失礼してしまった。リハーサルの終了間際にまたお邪魔してご挨拶をした。その後マエストロ宿泊のホテルのラウンジで30分ほどお話を。3月の新日フィルとの公演の様子、シベリウスの作品のこと、日本ツアーのこと、さまざまなことをまた早口で会話した。東京公演でもリハーサルの見学を許可いただいた。アイスランドの作品を持っていくことをとても楽しみにしていらした。レイフスはじめ、魅力的な作品が並んでいる。この来日公演では「アイスランド音楽の日」がすみだトリフォニーホールで開催される。これは素晴らしいことだと思う。
 
 すみだトリフォニーホールでの1999年、2003年、2006年の3回にわたって繰り広げられた、ラハティ響=オスモ・ヴァンスカのコンビによるシベリウス演奏。一つの衝撃的な響きの提示があったが、今年のアイスランド響=ペトリ・サカリ氏がまた新しいシベリウスの響きを持って来日する。その公演に向けての第一歩のリハーサルに偶然の出会いから立ち会うことができた幸運に深く感謝している。          新田ユリ
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