アイノラ交響楽団第13回定期演奏会コラム

 アイノラ交響楽団 第13回定期演奏会 コラム   新田ユリ

 

創造への想像

 

 アイノラ交響楽団の活動も気が付いたら干支を一巡。2004年の第1回定期演奏会、2008年の第5回定期演奏会、過去2回交響曲第5番を手掛けている。同じ作品を演奏しても結果は違うものになる。

厳然たる時の流れの中で、メンバーも変わり、一人一人の技量も生きる環境も変わり、オーケストラとしての経験蓄積もあり同じものにはならない。そしてこの時の流れはやり直し不可能。同じ地点に戻り経験の修正をすることは不可能なのだ。二度と同じ瞬間がない時間芸術。

しかしである。創造主である作曲家が実はそれを行う。生み出した時間芸術の作品の “改訂”、この言葉が音楽的にある種の魅力や価値を持って語られる作曲家がいる。かのブルックナー先生である。改訂稿-というところに特殊な興味が集まり、その版の差異に作曲者の思考の変遷をみて、また一つの聴く楽しみが増えてゆく。そのブルックナー先生を尊敬し、実際にオーケストレーションに影響を受けている部分も少なからずの作曲家がシベリウスだ。晩年の外観が似ているという人もいるが、何よりもその自らに厳しいという内省的な作曲姿勢は似ている部分が多いと感じる。常に反省状態。自己批判多く満足するところを知らない。

 その一つの結果を本日演奏する。交響曲第5番の初演時の版1915年版、そして現在普通に演奏される1919年版。4年の歳月の中に、目に見えないもう一つの改訂作業が入っている。1916年トゥルクではじめの改訂による版が演奏されたと伝えられている記録がある。しかしそのスコアは断片であり、一部のパート譜の情報のみ存在。1915-1919年版を比較することは他所に譲るとして、自分は作曲と言う創造行為と、改訂というもう一つの創造への発展について注目する。

 シベリウスはこの作品を書きあげるのに、天から神によって投げられた断片を受け取っている(本人談)。天にあるものは人皆知らぬもの。それを託される才がある者だけが後世に残る作品を遺す。1915年の50歳の誕生日にむけて少々急ぎ足で仕上げたとされる1915年版の創造の源泉はなんであったのか。この作品は変ホ長調=英雄の調である。調の性格付けは西洋音楽をひも解くにあたり大事なキーワードとなる。フィンランドで50歳の誕生日は盛大に祝われる。国を代表する作曲家であることは自他ともに認めるところのシベリウス。盛大な宴の準備も知っていた。ふさわしい調としてイメージしたのであろうか。しかし1915年版の冒頭は変ホ長調ではあるが、始まりは主和音で始めずに下属和音から。その響きはなんとも可憐で遠慮がちで慎み深い。朝の光に緩々と目を覚まし始めたような趣の木管セクションから始まる。一方1919年版は堂々と主和音の第二転回型が鳴り響き、美しく勇壮なホルンの旋律が印象的な始まりとなっている。はじめの楽章については構成が大きくことなる両方の版。シベリウスが天上から授かった数々のパーツの組み換えでこの新たな世界ができたわけだが、それにしては作品の性格まで変えてしまうような冒頭の変更である。英雄の調を選択しながら、これまでの作品同様シャイな本質が浮き彫りになる1915年版の魅力は冒頭だけではない。後に一つの統合された1915年版第2楽章の冒頭も、この第1楽章と同じハーモニーの中から繊細な色合いで始まる。だからこそ実演でその流れを自分の耳で確かめたシベリウスは、のちの統合のプランにすぐに取り掛かれたのかと推察する。この耳で確かめるという作業、これは現在も私自身が初演を手掛ける時に出会う場面だ。作曲者立会いのもと初演作品のリハーサルをしてゆくとき、演奏家オンリーの私の理解と想像を超える創造者のエネルギーに出会う。楽譜という共通の文法を持って書かれた台本に則り演奏者は現実の音を作り上げてゆくが、その結果は必ずしも創造者の思うものでないことも度々。演奏の良し悪しは別として、記号で表現できることが限られているためである。作曲者からは「そこは、もっと・・」「そこはあまり・・・」「そこに本当は・・・・」というコメントを多々いただく。スコアの理解は多層的で、表面に見える音符文法以外に背景に多くの創造者の意図と想いが隠れていて、それをどこまで理解共感できるかが、演奏の本質になってゆくと自分は考えている。作曲者の気質もかかわってくる、同じsfという記号に、どの程度の表情の強さを求めているのか、f ffの違いはどれほどエネルギーの差を書いているのか、個々に異なる。

このようにリハーサルに作曲者が立ち会ってすすめられると、発せられるコメントが個々の演奏者のパート譜というものに書き記される。しかし、そこには演奏者の個性が発揮され、きちんと書く人、自分の理解で済むので書かずに置く人、書き方が乱雑な人・・・・これまた多様な状態になる。そして後世の研究者や指揮者はそれらの資料を手に取り判断してゆく。今回も1915年版のパート譜は実はセクションによって、また弦楽器の場合プルトによって様々な姿を見せていたのだ。どのパート譜が正確な表記であるのか、本当のところはどこにあるのか・・・100パーセント正確な創造者の想いの再現は直接聞くことのできない後世の人間にとって、やはり不可能であると割り切るところに演奏の出発点があると最近思うようになってきた。どこまでも探求し資料精査も進め作曲者への理解を深めてゆきながらも、どこかそこと異なる視点から見る演奏者の眼差しが演奏には必要だと、創造者の顔をにらみながらタクトを持つのである。忘れがたい台詞がある、とある作曲者のとある作品の初演の際に「そこはもっと自由にやっちゃって!」と叫ばれた。「よっしゃ、やったる」と演奏したものに作曲者はOKを出した。「では、楽譜でそのようにわかるように書いてくれ・・・」という言葉は飲み込んだ。それを言ったら演奏家として負けを認めたような気になったから。謎解き、そんな一面も持つスコアを読むという作業。創造への神秘のベールは必要なものだと思う。数十年後にロボットが肩代わりしてくれる労働の一覧というものを先日目にしたが、最後の砦は「芸術的分野」と思う。技術が描くものと魂が描くものは異なる。そう信じていないと、人類の明日はないではないか・・・・・そんな想いも、ぐしゃぐしゃのパート譜を目にしながら交錯したのである。シベリウスの思考の旅を本日はご一緒に!!  

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