音楽家の日常 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

日本の音楽家の忙しさは一般にあまり知られていない。あるオーケストラの楽員の一日を見てみると、午前十時から音楽教室本番、午後一時から三日後の定期演奏会のリハーサル、そして会場を移動し夜七時からオペラの公演、終演は午後十時近い。その後スタジオを借りて個人的なリハーサルやアンサンブルの練習。帰宅は深夜一時を過ぎる。仕事ごとに指揮者も変わり、仲間の楽員も編成ごとに変わる。会場が異なれば出てくる音の響きも全く違う。そのような環境で一瞬にかける音楽を緊張の中で日々作り上げている。判断力、聴力、感性も一日の終わりには限界に近い。
 

 音楽界だけではなくどの業種も携わる人の命を縮めながら突進する日本。どこへ向かうか誰のためのものかわからぬまま、はりぼての文化事業を掲げて頭でっかちの国は世界を傍観している。豊かさと忙しさは同意ではない。音楽家が忙しい国家は欧米他にも存在するが日本は世界記録ものだ。

 日本は経済状況を映し十年前に比べてコンサートの数は激減。企業のメセナ活動も減少。外来アーチスト、オーケストラの聴衆の数も減っている。一方バブル期の副産物であるホール建設は予定どおり行なわれ、現在首都圏を中心にホールが溢(あふ)れている。

 新しいものを語るのは希望に満ちたことだ。しかし現実はホールごとに聴衆獲得合戦が広がり、需要と供給のバランスが明らかに悪い。そのため新たな聴衆獲得への工夫が数多く見られるが、信じがたい数のコンサートに通える生活をいったいどれだけの人が送れるというのか。

 日本の社会状況を再検討しなくては無理な話だ。演奏会の開催曜日を週末に移した楽団もある。そして音楽家の忙しい日常は続いていく。(指揮者)
 

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年12月8日夕刊 掲載

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