育てる 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

親はなくとも子は育つ-そこには決して「教育は不要」という意味はない。親代わりになる世間があったから成り立つ理論だ。今の日本に、育(はぐく)むという空気がどのくらいあるだろうか。

 次世代のことを考えているリーダーが何人世界にいるのか。どんなに縄張り争いに勝って当人が豪勢な生活を送れようとも、それらの人が残した子孫が無事に生き延びられる保障が日々なくなっている。その単純な図式に目を向けずつまらないエゴにしがみつく大国やリーダーの浅ましさ。醜い世界を見せつけられている子供たちが、まっすぐにその心を伸ばしていけないのは自明。

 教育論の著作が最近増えている。お手軽なハウ・ツーものではもはや追いつかないほど危機感が漂う。教育とは教える側の一方的な視点では成り立たない。人間の数だけ方法も異なる。教育の基本は己の力で生きていけるように育てる-ただそれだけで良いのではないだろうか。持って生まれたそれぞれの才を見いだしてあげること、チャンスを与えること、生きることを一緒に楽しんであげられること。大人がなすべきことはこのくらいでよいのではないだろうか。

 成長の速度、内容、成果などは社会が成熟していれば、どんな形でも受け入れられるようになるはずだ。障害者への理解もその視点に立てば進むと思う。事故や病気は誰もが出合う可能性がある。老化も平等。反対に若い大きな才能はどんどん伸ばしてあげれば良い。専門家をちゃんと作らないと日本はいつまでも「お子様文化」国家だ。

 行き場がない社会に対する閉塞感が、若年層にストレスを与えている空気をもっと真剣に大人は考えなくてはいけない。未成年者が事件の犠牲者と加害者の両方の立場で紙面に登場することが今年は特に多かった。(指揮者)
 

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年12月1日夕刊 掲載

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