音楽家はアスリート 中日新聞エンタ目

全身の筋肉使って演奏

 皆さん、夏の旅はいかがでしたか? この原稿が掲載されるころ、私のフィンランド滞在もあと二週間を残すところ。今回は長期の滞在となりました。到着した七月末は非常に涼しく二〇度を下回っていた気温も、八月に入ると夏が復活して三〇度近くに。北欧といえども暑い夏の洗礼を受けました。普通の部屋は冷房がありません。深夜まで夏の空気でした。
  今年第十回目の節目となったオウルンサロ音楽祭では、各国からの素晴らしい演奏家、またレジデンスオーケストラであるラ・テンペスタという弦楽オーケストラと三回の演奏会で共演しました。この音楽祭で「今年の音楽家」としてクローズアップされたメインゲスト、世界的アコーディオン奏者御喜美江(みき  みえ)さんから「椅子(いす)が大切」というお話をうかがいました。

 アコーディオンの重量はかなりのもの。椅子に腰掛け全身を使って奏でます。その時に足腰を支え上半身を動きやすくするためには椅子の固さと高さがとても大事だということ。それはほかの楽器も同様にあります。自分専用の椅子を持ち込むピアニストもいます。ピアノはほとんどがホールに備わっているものを使用しますので他人の楽器をいつも演奏していることになります。自分の演奏のために、楽器との会話には椅子も大切です。

 オーケストラの演奏会では弦楽器奏者の椅子に注目してみてください。チェロ奏者だけ異なる椅子、時にはピアノ椅子を使用します。チェロは楽器を床にエンドピンを支柱としてたてます。自分の体格にあわせて椅子の高さを変える必要があります。最近は演奏者用の椅子に高さの異なる種類を用意するホールもでてきました。フィンランドもこの方面はかなり発展していて、奏者一人一人に適応できるような椅子をおいています。

 固定の高さではなく椅子の脚の長さや角度、背もたれのカーブなどを自在に変えられます。椅子も奏でるための道具、楽器と考えるためなのかもしれません。

 音楽家も演奏への準備が必要です。演奏家は身体のあらゆる機能を駆使して音を奏でます。どんな楽器もそれぞれに使う機能は異なるものの、全身運動です。声楽家は全身が楽器。演奏には筋肉を使います。使う筋肉が偏っている場合、演奏のあとにそれをメンテナンスしないと体に変調をきたします。バイオリンの演奏は美しい姿に見えますが、実は少しひねった姿勢を維持して演奏しています。大きな楽器を抱えるように演奏するコントラバスは背筋をかなり酷使します。

 友人のトランペット奏者は「僕たちはアスリートだ」といいます。大きな作品を演奏した後は、使用した顔の筋肉をはじめとして酷使した部分を緩めクールダウンすることを怠りません。音楽家には体を鍛えている人も多いのです。ウオーキング、水泳など、またストレッチも欠かせないと聞きます。指揮者も自分では音は出しませんが、コンディションが悪いと音が聞こえにくかったり、テンポ感が狂ったり、判断力が鈍ったり…。私も音楽祭の間は、ホテルとホールの往復一時間半を歩いていました。

 われわれは音を発すると同時に音を聞きます。自分の出した音はもちろん、他の奏者の音、そしてホールの響きによって作られるもう一つの音も。それらから受け取る情報をもとに瞬時の判断で一瞬先の音楽を作り出します。リハーサルで行った約束だけで音を発しているのではありません。同じ音は二度と出せません。動体視力と同じような動音聴力が存在するのかもしれません。それを駆使して日々ステージで奏でています。実は金メダルアスリートと同じくらいのすごい人たちがステージに上っているかもしれないのです。(指揮者)

 

(2007年8月29日 中日新聞 掲載)

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