地域性豊かな民族音楽 中日新聞エンタ目

偉大な作曲家にも影響

 今回の音楽の旅は作曲家と民族に注目してみましょう。音楽の友社発刊の「西洋の音楽と社会」(総監修スタンリー・セーディ)という本があります。これは音楽や作曲家を取り巻く社会に注目して多角的に時代と作曲家を描いています。「グラナダ・テレヴィジョン・インターナショナル」により一九八六年以降全世界に配給された「Man&Music」という番組が大本です。著作もシリーズ化されて全八巻となっています。日本版では全十二巻です。

 音楽史というと一般的には「グレゴリア聖歌」が出てきて、「バロック」「古典派」「ロマン派」「無調」「現代音楽」そんな言葉が並びます。作曲家はバッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス…こうして並べるだけでこの原稿スペースが埋まってしまうほどたくさんいます。

 今並べた名前はクラシック音楽界の代名詞ともいわれる作曲家たちですが、すべてドイツ・オーストリア圏出身。チャイコフスキー、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー(以上ロシア)サンサーンス、ビゼー、ドビュッシー、ラヴェル(以上フランス)リスト、バルトーク、コダーイ(以上ハンガリー)スメタナ、ドボルジャーク、ヤナーチェク(以上チェコ)など、ほかの地域に少し目を向けると名の知られた作曲家が続々。現代では東洋の人間も作曲に演奏に大活躍です。上述の「西洋の音楽と社会」シリーズを読むたびに思うのです。現代では「世界の音楽と社会」という概念がないと地球上のクラシック音楽の世界を説明できないと。

 そんな世界各国から生まれた西洋音楽の祭りともいうべきものが、この連休中に開催されました。

 今年で三回目となる「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2007」。この音楽祭は六日までに五十七人の作曲家の作品がおよそ三百公演の中で紹介されました。

 音楽祭には民族のハーモニーという副題がついています。民族と国家は複雑な問題もはらんでいます。フィンランドの作曲家シベリウスという紹介をされますが、シベリウスはスウェーデン系フィンランド人で、スウェーデン語が母語です。ロシアの作曲家ハチャトゥリアンも、本当はグルジアで生まれたアルメニア人。アメリカの作曲家ガーシュインはロシア系ユダヤ人移民。ヨーロッパ大陸の中は多くの戦争を経て時代によって国境が大きく変化してきました。またその中で民族の移動と融合とが繰り返されています。この歴史こそが今伝わっているクラシック音楽を豊かにしている一因なのです。

 今年の「熱狂の日」はそこにポイントを置いた企画でした。楽譜など使わず口承で伝えられてきたそれぞれの地域の民俗の歌。その歌が存在している社会に生まれた作曲家たちが才能と技を駆使して生み出した作品がクラシック音楽のひとつの姿です。ベートーヴェンの交響曲も身の回りにあった民謡の素材がふんだんに使われています。素材が豊かでそれを扱うシェフの腕が素晴らしければ美味(おい)しい料理のできあがり。同じことが音楽の世界にも言えます。

 素材の豊かさは独自の民族の文化を大事に残すことで生まれます。それぞれの違いを知り刺激を受け味わいお互いを尊重すること。それは豊かな文化の元です。違いがわかるためには自分をよく知らないとできないことです。文化や社会が平均化されてゆく近代国家の中では、その違いが摩擦の種にしかなっていません。民族のハーモニーと題した今年の「熱狂の日」が次のクラシック音楽シーンの素晴らしい一歩になっていることを願わずにはいられません。(指揮者)

 

(2007年5月9日 中日新聞 掲載)

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