音楽は薬 中日新聞エンタ目

楽しむことで健康維持

 街を見渡すと、イヤホンやヘッドホンをつけて移動する人が非常に多くなりました。それに伴う危険も指摘される昨今。膨大な音楽情報を取り込んで、いつでも好きなときに選択して聴くことができる世の中。つい最近まで、CDを抱えて長旅に出ていたことが懐かしく思い出されます。
  先月の「エンタ目」で、音楽家がアスリートのような身体能力を持っている可能性について書きました。つい先日、知人より一冊の本が届きました。市江雅芳著「音楽でウエルネスを手に入れる」(音楽之友社)。なんとそこに、音楽を奏でることで身体機能の増進!という項目がありました。

 市江さんは、初めてお会いしたときはアマチュアオーケストラのオーボエ奏者でした。現在はチェロを弾いておられ、お仕事の肩書は東北大学未来科学技術行動研究センター音楽音響医学創製分野教授。音楽療法という分野にかかわることです。医学博士であり、アマチュアで音楽活動も続けるうちに、その両方が一緒になった仕事をするようになった…と著書の中で語っています。

 この本はお勧めです。特に団塊の世代や、そろそろ健康を心配する年ごろの皆さんに。要約しますと、「音楽を奏でることで心身のあらゆる機能が発達し、楽しく健康が維持できる」ということです。

 本の中で、音楽を聴いて楽しむことと、演奏して楽しむことは身体に与える影響が大いに異なるという説明があります。日本は視聴者としての音楽愛好家も演奏を楽しむ愛好家も多い国です。アマチュアオーケストラの膨大な数、関東圏だけでも軽く三百団体を超します。小学校から高校までの吹奏楽では昨今の吹奏楽ブームからか、二百人近い部員を擁する学校もあります。

 人数の多少はあっても、それぞれの学校に何かしらの楽器は用意されています。音楽大学の数も少なくありません。卒業しても何らかの形で音楽にかかわっていく人が、毎年千人単位で卒業しています。これだけ楽器を演奏する人が多い国なので、市江さんの本のとおり、将来健康な人が増えていてほしいと思います。

 一方、音楽を聴く上で気を付けるべきことがあります。「耳」という器官は耳栓などをしない限りは常時刺激を受けています。音をキャッチしています。キャッチした情報が音を楽しむことなのか、騒音と認識して不快な気分になるか、そこは個人差があります。しかし、いずれにしても一つの刺激であることには変わりありません。刺激は受け続けると疲労します。疲労に対して人間は回復させたいと思う機能、順応していこうとする機能が働きます。疲労の回復には「異なる刺激を得る」という方法もあります。それがジャンルの異なる音楽を楽しむという方法かもしれません。順応していこうとする機能では、「鈍くなる」という反応も出るかもしれません。

 街の騒音に慣らされてしまっている都会人は、どんな状態で音楽を聴いているのでしょう。目には見えにくい身体へのさまざまな影響が発生する音楽。本当に音楽の中身を楽しみ味わうためには、できるだけ耳をいたわり、疲労していない耳の状態で気分よく聴きたいものです。

 静けさを大事にするフィンランドの国から生まれた作品の演奏会が、名古屋の電気文化会館ザ・コンサートホールで開催されます。十月十八日(木)午後七時開演。バイオリンの澤田幸江さんによるリサイタルです。没後五十年を迎えたジャン・シベリウスの作品が並びます。「6つのユモレスク」という作品では、きっと六つの異なる耳の楽しみを味わえることと思います。ぜひお聴きください!(指揮者)

 

(2007年9月26日 中日新聞 掲載)

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