コンサートホール 中日新聞エンタ目

時間が育てる本当の響き

 「日本には良いコンサートホールが多い」。来日演奏家からよく聞く言葉です。
  十一月に東京の日比谷公会堂で一大企画があります。指揮者井上道義氏が、昨年生誕百年を迎えたロシアの作曲家ドミトリー・ショスタコービッチの交響曲全曲演奏会を開催します。複数のオーケストラとの共演で、ほぼ一カ月にわたり十五曲の交響曲を演奏。名古屋フィルハーモニー交響楽団も十二月五日に第十一番と十二番の演奏が予定されています。この企画内容も素晴らしいことながら、会場が日比谷公会堂というところが非常に興味深く画期的です。

 日比谷公会堂の歴史は日本のクラシック音楽会の歴史。一九二九年に完成、以後コンサート専用ホールなどが都内にできるまで、この場所がオーケストラの本拠地でした。立地は言うまでもなく東京の中心。官庁街に囲まれ公園も隣接。ごみごみとした商業地とは全く趣を異にして、文化が熟成する場所としてはこれほどふさわしい場所もないでしょう。座席も二千八十五席あります。興行としても集客には問題ない数字です。しかし昨今はクラシックコンサートの回数は減っていました。

 最近のコンサート専用ホールは残響数値の研究が盛んで、最新の設備により演奏媒体にあわせた残響数値の変化も対応可能になっています。好みに合わせて変えることも可能です。「好み」は演奏者側の好みもありますが、お客さまの好みも無視できません。

 録音技術と視聴媒体の発達で、コンサートホールに行かずとも楽しめる機会がこの三十年余りで大変に増えました。昔はコンサートホールに足を運ぶ方が良く聞き取れたものです。しかし現在は、クリアで臨場感あふれる録音、世界の素晴らしいホールの響きを再現しているような音質、ミキシングの技術により細部まですべて聞き取れる録音を愛好する人が増えています。その結果、そのような音を聞き取ることができないコンサートホールが敬遠される傾向もあります。

 ヨーロッパの演奏会場に出かけるといつも感じること。それは歴史の中でゆっくり育ってきた時の重みです。この三月にハンガリーのリスト音楽院ホールで演奏をしました。十九世紀終わりから存在するそのホールは、自然光も入り、それが建物の重厚な印象を和らげる照明技術となっていました。ステージはそれほど広くはないため、大編成の演奏にはステージ上のセッティングに工夫が必要でした。

 しかしその音は、まるで演奏者の心の中の響きがそのまま客席に運ばれるように、無理なく会場の隅々に届きました。残響の多さも人工的なものでなく、長いホールの歴史の中で自然に生まれたもの。さまざまな施設は古くて使いにくいものも確かにありました。それでも必要最低限の施設、楽屋番を仕事としている年配女性の姿、古い調度品などから、おのずと演奏する作品の時代にたどっていける響きの道を感じていたのです。

 そのホールの歴史に比較すると、日本のコンサート専用ホールはすべてまだできたてほやほや。現在の響きは試行錯誤のものといえるでしょう。それに対し、たとえば市民会館、公民館、それらは実は三十年から四十年ほど前に建設されているものが多いのです。リハーサルで時々そのタイプのホールを使います。素晴らしい響きに出合うことも度々。それは人間の耳に優しくとても自然な響き。時間が育てた本当のホールの響きなのかもしれません。

 この十一月に大活躍する日比谷公会堂は七十八年もの歴史を持ちます。ホールは使うために建てられています。「汚れるからあまり使わないでね」と過保護にされているホールも多い昨今。鍛えられたこの日比谷公会堂は二十世紀の代弁者でもあるショスタコービッチの音の言葉をどのように響かせるか、大いに期待されます。(指揮者)
 

 

(2007年10月24日 中日新聞 掲載)

目次
閉じる