監督 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

日本シリーズが激戦のさなかである。野球の監督という立場は、指揮者と似ているところがある。中日ドラゴンズは星野監督の頃(ころ)からそういう視点で注目していた。今年新任の落合監督で見事に日本一を狙うチームになったことで、ますます目が離せなくなった。
 

 先のコラムでも少し触れたが、監督の仕事というのはチームの力を引き出すこと、力をつけることに尽きると思う。落合監督が今年行ってきた、メンバーの力を知る-それに基づき起用する-そして後は信じるという仕事の流れは指揮者にも大切なことだ。ホームラン打者を並べることと、野球の基本に忠実に丁寧にチームを磨いたことの勝敗が奇(く)しくも今年は明らかになってしまったわけだが、この問題は時代を映していると感じる。

 スタープレーヤーを並べて華やかな試合を繰り広げることは、興行的に非常に価値が高い。集客も望める。イベントやグッズなど付加価値も高い。メディアでの記事も話題に事欠かない。それらをすべて拒否した落合監督の姿勢は、商品価値を求める側には不満が多いと思う。しかし本当に野球を愛する人間、そして当の選手達にはありがたい事だ。野球の面白さを引き出してくれた監督はやはり名監督だと思う。

 オーケストラの世界も同様。指揮者の役割は作品の魅力とオーケストラの音をあますところなく伝えること。そのためにメンバーの力を知り、その力を最大限発揮できる環境作りとリハーサルを行うことが大事な仕事。基本に忠実にということは演奏者にも今課題となっている。聴衆に伝わる演奏をするためには、確固たる技術は必要不可欠だ。演奏家に必要な耳と技と魂を、心ある聴衆の耳は今冷静に判断していると感じる。(指揮者)
 

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年10月20日夕刊 掲載

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