野球 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

今年の野球界は嵐が吹き荒れた。その中で中日ドラゴンズの優勝はマイペースの勝利だろう。チーム力を内部から活性化させ、選手の潜在的な力を高めた落合監督の手腕は見事。この落合監督についてメディア関係者から厳しい評価が下されている文章を何度か読んだ。
 

  メディアを通じてのファンサービスが少ないということが要点だがこれは違うと思う。昨今野球に限らず様々な分野でこの傾向が強い。つまり本質的なところと関係ない部分の情報提供を求め、興味を煽(あお)って集客を図り、それがすなわち活性化であるという理屈だ。選手の怪我(けが)を心配して情報を求めるファンの気持ちは理解できる。しかしその選手の怪我の状態の詳細を明らかにすることや、ダメージを受けている選手の気持ちをつらつらと発表することに何の意味があるのだろう。

 時には監督はその選手を守るために一切明らかにしない、という状況も出てくるはずである。要するにその選手が無事に戦線復帰できればよいわけで、本当のファンなら心配しつつすべてを監督に任せて静かに待つであろう。ファンサービスとはもっと本質的なところで展開されるべきだ。パ・リーグが集客に工夫を凝(こ)らしていることは知られているが、そういう努力を力のある球団がもっと率先して行うことが先決だ。今年の嵐でこの点が今後大きく変わることを期待している。

 知る権利に基づき国民に情報開示をと動いてきた結果が、今は情報操作に翻弄(ほんろう)されている社会になっていると感じている。知らなくて良いことまで知らされることが、本質的なことから巧みに目をそらす手段でもあることに気をつけていたい。一億総評論家時代の日本は、幼稚な好奇心の集合体に過ぎなくなっている。(指揮者)

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年10月6日夕刊 掲載

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