速度-テンポ 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

速度を表す音楽用語はたくさんある。「Andante(アンダンテ)歩く速さで」「Moderato(モデラート)中庸に」「Allegro(アレグロ)快速」…。これらの速度表示は実はイタリア語。辞書を引くともっとイメージの湧(わ)く言葉が並んでいる。
  近代ドイツの作曲家などはドイツ語での速度表示を書くことも多いが、不思議なことに同じ意味を意図していても、受け取るほうのイメージは微妙に違う。背景にある文化や風土を感じてしまうのだ。
 

 邦人作品や児童合唱曲などでは時々日本語による表記もある。「おだやかに」「元気に」「陽気に」とても明確で良いことだと思うが、その明確さが音楽の解釈の限定に繋(つな)がるとおっしゃる人もいる。

 速度についてはテンポ感とも表すがこれを計るものに、メトロノーム表記というものがある。四分音符120、二分音符60、これは物理的には同じ速度になるが、音楽的には解釈が異なってくる。音楽の足取りの違いとでも言おうか、ウオーキングのように元気に1分間で120歩進むか、ゆったりと踏みしめながら大またに1分で60歩進むか。この差が音楽のテンポ感になってくる。

 楽しむ音楽はいろいろなテンポがあるのに、現実の生活でテンポ感の違いを許さない風潮がある。春先に体を壊してしばらく人様と同じ速さで動けなかったことがあった。テンポの違う人も世の中にいることに忙しい社会はあまり気がつかない。都会の駅も同じ速度で動けることを前提に設計されていると実感した。突進する人ばかりだとレミングの行進のように最後は全員で水没してしまうのではないか。そんな恐怖を感じた。

 様々なテンポの音楽を楽しむごとく、人生のテンポ感の違いに気がつきながら世の中を楽しみたいと思う。(指揮者)

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年9月22日夕刊 掲載

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