アンサンブル フラン 2006ウィンターコンサート コラム

「ムイックの叫び」

2006年2月19日(日) 14時開演 第一生命ホール

シベリウス 弦楽のためのプレスト・かわいらしい組曲 作品98a ・田園組曲 作品98b

ノルドグレン 弦楽のための交響曲 作品43

ニールセン  ボヘミアとデンマークの民謡によるパラフレーズ 

グリーグ   組曲 ホルベアの時代から 作品40

 天気予報を見る。普通の顔をしてマイナス20度たちが並んでいる。外は真っ暗。部屋は暖か。2005年の最後の月。ここはフィンランド。12月15日はクオピオ交響楽団定期演奏会に出演。クオピオはフィンランドのほぼ中央に位置する。ドラゴンクエストのモデルとなったオラヴィ城のあるサヴォンリンナを含むサヴォ地方。クオピオ名物は淡水魚の「ムイック-muikku」琵琶湖名物の「もろこ」と似ている魚。わかさぎにも近い。クオピオは湖に囲まれている。ムイックに不自由はしない。市内に3つほど専門店がある。そのうちの一軒に滞在の2週間で4回は通った。ムイックはいろいろな顔をして現れた。「から揚げ」これはいわゆる小麦粉をまぶして軽くあげたもの。日焼けした肌のごとく健康的な顔。「見て見て!」とかしましく登場。見かけと違っていたって味はあっさり・・美味。ウォッカのお供には最高。(しかし仕事中はノンアルコールで通した!偉い!)

 次になんと「ホワイトクリームソース」でまぶされて出てきた。ちょっと余所行きの顔。ムイックの小さな瞳が白いソースからちらちらと覗く。「このコートいかがかしら・・・」こちらもちょっと遠慮がちになる。そしてきわめつけは「スープ」。野菜たちと一緒にムイックは素顔で登場。その数はさながら定置網で揚げられたアジのごとく・・コンソメスープに銀色の姿がまぶしい。つぶらな瞳で「食べて食べて」と叫び訴えるのでやむなく頂く・・。プチプチという魚の尻尾の感触がどうにもコソバユク「ごめんなさい」と挫折。冷静沈着鬼の美人レコーディングディレクター女史もこれにはお手上げ。彼女はフィンランド人である。ムイックには隠れ蓑がある。「カラクッコ」というもの。このパイ皮というマントをまとい、なんと豚のひき肉と二人羽織。その感触は「お試し下さい」という言葉しか出ないと言われた。その機会は次回に延期。

 隣国ノルウェーで「叫び」が書かれたのは1893年。同じ年にムンクの同国人で同じファーストネームを持つエドヴァルド・グリーグは当時病気がちの中で抒情曲集第6集を発表。その頃シベリウスは美しい伴侶アイノとの結婚2年目を迎え人生を謳歌。ハネムーンで訪れたカレリア地方を題材に描いた情景音楽「カレリア-作品10」を書き、シベリウスと同じ年(1865年)に生まれたニールセンはデンマークの地で、交響曲第一番を発表して次の交響的組曲の構想を練っていた。百面相で遊ぶ性格のニールセンは、奇声を発して太鼓を打ち鳴らして楽の精霊たちを呼んでいたかもしれない。ノルドグレンはもちろんまだ影も形もなく、1944年の誕生の時を今か今かと待つばかり。

 スオミ・フィンランドの大地とヴァイキングの祖先ゲルマン系ノルディックの地の違いを挙げたらきりがない。時差は1時間。言語も人種も異なり、体格も大いに違う。国家の歴史は深く関わりながらも共和制と王政という違いは大きい。2005年11月はノルウェーサーモンが美味しかったクリスチャンサンで仕事。「叫び」が眠るオスロから列車で4時間半ほどの土地。ノルウェーの南端。冬の入り口の季節なのに、何となく暖かかったのは海に面していたからか。オーケストラのメンバーは大柄でトロンボーンの首席の手は私の2倍はあった。ホルンの女性奏者は豪快に笑い、彼らの音はどこまでも力強くそして海のごとく深く澄んでいた。ヴァイキングの面影を見る。

 2005年8月にはフィンランド・オウルンサロでノルドグレンさんに会う。陽だまりでお茶を飲んでいるような雰囲気の小柄な方。目は優しくしかし奥は鋭い。言葉は少なく静かに語る。日本文化に親しみ文学を理解し多くの日本の題材の作品を世の中に出してきた。音符という言葉を駆使して異なる文化と感性の時間を描いている。今回の作品も「日本語」で解釈可能な部分がたくさん。静かな人の内なる叫びは激しく重い。この作品では演奏者もおそらくお客様もいろいろな「叫び」を挙げることと思う。

 「そんなに驚かなくても・・」銀色の尻尾をふりながらスープの中で踊るムイックたち。
白一色のクオピオの街で目の前のムイックたちの声を聞いたような気がした。(了)
 

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