アンサンブルフラン第29回定期演奏会コラム

「ヒトはどこへ・・・」

 

今から100年前、1906年のロシア(後にソ連)にショスタコヴィッチ(1906-1975)が生まれた。わずか100年前の世界は人口18億人ほど、ロシアは1905年に日露戦争が締結してフィンランドがまもなく独立しようという大きな時代の流れが押し寄せていた。英国人ブリテン(1913-1976)は戦後1963年と1965年にロシア(ソ連)を訪れている。そして1956年には日本にも。武満徹(1930-1996)は、1953年生まれの吉松隆と同様独学で作曲を学び世界にその価値をもっとも高く評価されている日本が誇る作曲家。今日登場の4人の作曲家は全員が同時に生きていた時代がある。1953年から1975年。おそらく・・・本日のステージに登場の皆さんはほとんどがこの年代の間に生まれている。私を含めて。

 1950年から1953年にわたる朝鮮戦争が第二次世界大戦後の日本を大きく変えた。そして1955年に二大政党が結成され、翌56年に国際連合に加盟。1964年の東京オリンピック。1972年には大阪万博。1973年に第一次オイルショックが起こり1976年にロッキード事件。アジアの小国日本がいっきに育って世界へ影響力を持つ国になった時代。

 今年はショスタコヴィッチの生誕100年、武満徹の没後10年、ブリテンの没後30年、そして世界はモーツァルトの生誕250年の祭典に湧いている。モーツァルトの時代にも争いごとはあり、世界は絶えず動いていた。でも250年前は遠い時代-遠い世界のことは美しい思い出だけが伝わってくる。人はそこに夢をのせ賛美し美だけを享受する。モーツァルトも照れているかもしれない。一方生誕100年で31年前に亡くなったショスタコヴィッチには祭りは似合わない。200年先に夢の祭典があるだろうか。

 ブリテンのシンプルシンフォニーという弦楽合奏の原曲は1923年から3年間、彼が10歳から13歳に書き残しているピアノ曲である。1923、日本は関東大震災。世界も第一次世界大戦が終わりアイルランドが英連邦内の自治領となるなど英国も大きく変わる時期。若きブリテンが変わり行く英国に何を感じたか、第3楽章に英国が抱え持つ長い歴史の重さを感じる。武満徹は108本もの映画音楽の音楽を担当している。数本の海外の作品はあるが、ほとんどが邦画だ。1995年の「写楽・篠田正浩監督」が最後の映画音楽となっているが、はからずも1952年の「北斎・溝口修三脚本」が始めて手がけた作品だった。これは未完に終わっている。

 21世紀が始まり5年目の今年。何かが動いている。世界を構成するのはヒトなどの生物。そしてみんな地球に一緒に乗船している。この船-宇宙船地球号がこの100年で乗客の数が激増。1905年当時18億だった人口は1950年-25億、1975年-40億、2000年-60億、2005年-64億。今年250歳を祝っているモーツァルトの時代をはさむ18世紀から19世紀にかけては、世界は6億4千万から9億人に増加が見られた程度。近年のヒトの増え方にはさまざまな理由があるが、それは良い結果も悪い結果も生んでいる。ただ一ついえることは、おそらく宇宙船地球号はもう満員であるということ。

 空・・からトリのまなざしが注がれている。トリは短命だ。ヒトの一生の中で10世代くらいつないでいく種類もあるだろう。1羽のトリがみる時間は短くても、トリという遺伝子はこのヒトの世界をずっと見下ろしてきた。生き物の進化の中でいつのまにか船長に就任したヒトという生物。船長は乗員の責任を取るだろうか、この先の舵取りを誤ることなく船を進められるだろうか・・・トリのまなざしを静かに感じる。ヒトは何をするつもりなのか・・ヒトはどこへ行くのか・・吉松隆の音は22世紀を見ることへの静かな夢と覚悟を残してくれた

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