アンサンブル フラン2004ニューイヤーコンサート コラム

2004年1月25日(日) 14時開演 第一生命ホール

パリー  イギリス組曲

ブリッジ ラメント

ペルト  ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌

ウォルトン 弦楽のためのソナタ

 紅茶にお菓子、シャーロック・ホームズのパイプ、スコットランドのバグパイプの音色、ビートルズの生まれた街、巨大遺跡のミステリー、英国王朝の輝く歴史、ネッシーに会えるかもしれないこと・・・等など。英国への尽きない興味と憧れは幼児期から今もって持っている。

 長い歴史を持つ激動の国英国。イギリス(England)とひとくくりにするとお叱りを受けるということを、わが師匠尾高忠明氏から何度も教えられている。イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドという4つの国の連合王国、それが英国の正しい姿。そのことを知らないで英国文学や音楽、芸術一般を語ると正しい理解はできないということだ。

 2003年早春の折、師匠尾高氏の仕事BBCウェールズ響の演奏会を拝見するために初めてウェールズ地方へ足を運んだ。実は私にとっての一番の憧れの地はウェールズ地方。
 「城砦」「美の十字架」「帽子屋の城」「人生の途上にて」などの著作のある Dr.Archbald Joseph Cronin,クローニン博士をご存知だろうか。これらの作品に触れたのは大学生の頃だったか・・父親の書棚から見つけた。若き医者がウェールズ地方の炭鉱の街で悪戦苦闘しながら医者の本分を見つけていくドラマは実に深く心に残った。そのときに暗く環境の悪い街並みと炭鉱の風景、そしてそこに生きる逞しく素朴な人々の姿・・それがくっきりと焼きついて、以来ウェールズ地方というものが英国の中での最も憧れの地となったのだ。そして今年、その炭鉱の街スォンジーにようやくたどり着いた。

 演奏会場であったホールのロビーに、まさにその炭鉱の街の歴史が展示されていた。これは自分にとってどんな博物館見学よりも大きな感動をもたらした。またウェールズ地方の首都カーディフでの滞在は、凝縮した美しさにわくわくしていた。雨が多い土地柄、なかなか郊外の美しい田園風景と澄み切った青空という風景には出会えなかったが、私にとっての英国、すなわちウェールズ地方を堪能した2004年の春だった。

 レッド・ドラゴンというウェーずる地方の旗。このタイトルを持つ吹奏楽の作品がある。英国は金管楽器の名手を多く輩出している国。特にホルンの伝統はすばらしいと言われている。映画にもなったことで知られる、ブリティッシュスタイルの金管バンドの演奏も盛んだ。それに加えて私は弦楽アンサンブルの作品の宝庫であるとも思っている。今回お届けする三人の英国作曲家は、いずれもその分野にすばらしい作品を残している。

 私自身の弦楽作品への導入も英国から。それはディーリアスから始まった。フランとの出会いもディーリアスの「二つの水彩画」で始まった。別のところで書かせていただいたが、現在力を入れて取り組んでいる北欧の作品への導入もきっかけは英国。英国と北欧の関係は深い。お互いの演奏家が頻繁に行き来をし、作品の輸入輸出も多い。英国人の演奏するシベリウスも定評がある。フィンランドの指揮者が初めに海外で仕事の基盤を作るのも英国というパターンが最近できている。

 

 英国は音楽が栄えた時代が偏っていると言われる。確かにドイツ、オーストリア、フランス、イタリアの音楽全盛期の時代は鳴りを潜めていた感がある。あまりに長い歴史の中で一休みでもしていたのだろうか・・・そして19世紀から20世紀、再び台頭してきたのである。その音楽の特徴は一口で言えば、「社交上手」。美しさも、華やかさも、激しさ、力強さもすべてある種の節度を感じる。平板であるとは決して思わない。長い歴史を共有してきた者の中に自然に生まれる了解事項のような、言い換えれば阿吽の呼吸のような、裏を返せば笑みの中に見える真実が恐ろしいような・・。人間すべて毒をまともに吐き続けていればあっという間に世界は滅びる、ということを英国は知っていると思う。

 上手に中和と緩和とユーモアを持って社会を成立させようと努力してきた国ならではの音楽なのではないか。4つのまったく異なる文化を持つ国の連合国の知恵であろう。そして私が思う最も特色ある美しさの資質は彼岸の境地。本日の作品にも時折顔を出す。人々の中でにこやかな笑顔で対応していた人物が、ふと見せる遠い視線。そんな色を出せたら本日は成功かもしれない。

 エストニアからの客人、ペルトも英国の大作曲家ブリテンを通してこの深遠なる終わりへの憧憬を暗く重く描いている。
 

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