Three years have passed since then

Three years have passed since then.
My deepest sympathy to a victim of an earthquake disaster.
I’m doing contribution the proceeds of this CD to the Ashinaga scholarship association continuously.
I would tell many thanks to Jouko, Kari and Jarmo again.
http://www.yuri-muusikko.com/form/cd20120129.php

先日の演奏会に、福島の富岡町出身の叔父が来てくださいました。富岡町を故郷とする会のリーダーをしています。現状まだまだ厳しく、故郷を離れて生活する皆さん、成長してゆく子供たちの未来への視点も忘れてはいけないと改めて思います。
常磐道を来年までに貫通という言葉が昨日国のリーダーからありました。
個人的には「本当ですか?」と思いましたが、道を通して終わりではなく、人の営みのための条件、生活の安全、生活の糧までごまかすことなく検討して街の再建をと思います。街の再建以前の課題が残っている地域。関係者の高齢化を身近に感じる自分としては、問題の大きさに立ち向かう私自身の強さを身につけなくてはと思います。

国内あらゆるところで大きな地震の危険を持つ国であることを直視していない対策の遅れ。
昨日鍼灸院治療中のラジオから流れていた国会の様子で、結構驚くような
「まだ・・・です」という声を度々きいたこと、忘れません。
首都圏が機能しなくなったときに、速やかに代わりの一時的な機能だけでも分散させるシステムを作っていない(本当にそうであるとは思えなかったのですが)ということに、結構衝撃を受けています。
3年前の体験で、すぐに一つの可能性として検討始めていると思っていました。そうであってほしい。
情緒的に「わるいこと」を口にしたり想像することをタブーとする空気があります。日本には。「そんなことを言うと、本当になってしまうよ・・」という戒めも「言霊」の世界にあります。その感性、情緒も大事な文化だと自分は思っています。
でもどこかで合理的に冷徹に最悪の状況をいかに早く救うかを考えている人がいないと、みんな一緒に終わりになってしまう。

3年目、思考停止せず日本丸の安全航路を見つけることにも思いをはせたいと思います。
犠牲者の御霊に哀悼の意を。See more

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