根っこ 「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」

今年の春は駆け足でやってきた。北欧の春のように。三月はじめに日差しに誘われ部屋の前のささやかな庭で土いじりをした。まずはツタ類を除去。これが大変な作業だった。縦横へ細かく深く根を張っている。こまめに葉を摘んでいってもあっという間に庭いっぱいに広がるツタの葉。これほどの根っこが土の下に潜んでいれば無理もないと感心してしまった。作業をしながら思い出した話がある。

  トマトの原産地はアンデス地方。そこは気温の変化が激しく、水は少ないそうだ。日本で美味(おい)しくトマトを栽培する方法を本で読んだ。限りなく少量の水しか与えない。もちろん肥料もなく良い土と太陽の光とわずかの水を与えるだけ。与えられるものが少ないと、トマトの根っこは水と養分を求めて土の中にしっかりと長く根を張るそうだ。この話は妙に心に残った。人間も同じかもしれない。
 

  世の中、情報という刺激物の肥料に満ちている。耳は肥え、腹は肥え、目は肥える。音楽の分野でも、世界中から音楽情報がもたらされ演奏を聴く機会が豊富に与えられている。音楽家を志すものにとっては願ってもない環境。

 しかしである。豊富な肥料で華々しく花開かせても翌年には枯れてしまうことがある。自分の力で根っこを張り巡らす努力が必要である。はじめは小さな花から。やがて毎年美しく花開く。そして深く広く根を張ることで演奏の幅も広がりさまざまな花を咲かすことができると思うのである。

 欧州の名指揮者たちは汗をかきながら根を張り大輪を咲かせてきた。その中では異色の存在だったが、まぎれもなく最も華麗な花を咲かせた指揮者カルロス・クライバーの死去、心から哀悼の意を表したい。(指揮者)

「放射線-東京新聞」・「紙つぶて-中日新聞」
2004年7月21日夕刊 掲載

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