明日は戦後70年の原爆の日

自分の職業柄、100年前、200年前、300年前に生まれた作品とも日々一緒に過ごしていて、
当時の作曲家の環境や考えなどを調査する機会を得ていて、

この70年というのは、本当についこの間なのだということを感じている。

そして70年の時間の中で日本がとてつもないスピードで歩んできた上り坂を思う。
今年に入り世間のTV画面には、様々な形でこの時間の検証がみられる。
昔のドラマしかり、映画しかり、ドキュメンタリー、報道特集・・・ どの時代に作られたか、で かなり日本の描き方が異なっていて、そのことからも多くのことを学ぶ。

時代を俯瞰すると、「なるべくしてなった」と、後世は検証する。
いま、地球上の危険なカオス状態も、どこかに明確な問題の根があって、それが非常に大きく深いものなので、どうにもならない・・・・あるいはそんな状況なのかもしれない。

ただ、この危険度、危機的状況は人類史の中でかなり大きなものだということも理解できる。
だから、何とかしなくてはいけない。

受け止めきれないことに対して、拒絶、拒否、理由のない憎しみや反発、そんなものが起きるのだということを、
今日の報道番組であらためて思った。大人社会であってもそれは見られる。
今の子供たちが70年前の悲惨な事実を罵倒という態度で拒否することは、罵倒の内容が本心ではなく、そのような態度でしか受け止められない想像力しか持っていないということだと思う。これだけ空想の世界が人を取り巻き、スイッチを押せば、キーボードをたたけば、ファンタジーという名のもと、現実逃避をして「なんでもあり」の想像力いっぱいの世界に羽ばたける今の子供たち、
でも現実を受け止める強さをどんどん捨てている。それは恐ろしいことだ。

画面を離れれば心地よい現実の空間が戻り、ゲームをやめれば守ってくれる誰かがそばにいる、
そんな仮想世界との行き来を柔軟にする子供たちだからこそ、現実の恐ろしさは早くから身を持って知る必要があると自分は思っている。「かわいそうだから」「まだ子供でいてほしいから」、それは大人のエゴだ。
今の子供たちは、仮想世界でいくらでも極限の残酷さを体験できる。でもそれは自分には降りかからないということも知っている。

でも70年前の子供たちは違う。
日々、恐ろしさが目の前にあった。背中から迫ってきていた。その中で積極的な選択肢が「何かの為に生きる」だった。一歩逃げ遅れれば、文字通りこの世からいなくなって「終了」になるという現実を知っていた。そんな子供たちが生きる意味を大人の価値観の中に見つけなくてはいけなかったあの時代のことを、なぜか今年は自分は非常に強く感じる。

戦争という手段で地球上の問題を解決する方法を、21世紀は早々に一斉に放棄するということを、
為政者はいつするだろうか。
富を持つ国、人、たちが、そのことには本当の価値はないということを気が付かない限り、無理なのだろう。
富の循環と負の連鎖は連動している。

負の連鎖により痛みつつある地球がもたらす大きな危機が、人類平等にふりかかってくる。
そこにストップをかけるのは今世紀しかない。
自分の周囲だけを見ていてすむ時代はとっくに終わっている。この先自分だけの数十年の繁栄にしがみつけば、あっというまにその反動がかえってくる。

個人的に抱えられる心配事の量をはるかに超えた危機が、日本にも世界にも蔓延している。
考えても仕方がないことにとらわれるのは精神衛生上よくない・・・と、よくその筋の本には説かれているけれど、少なくとも大人世代は今、本当に考えてできることから動き出すべきことが山積みなのではないかと思う。

次世代の子供たち、若者の歩みを守ることを第一に、
そして、今の日本の現状の本当の姿を明らかに、
その上で、未来に向かって日本が何を選択するべきなのかを、明日の原爆の日に今一度考えると思う。

霊感があるわけでもないけれど、とにかく胸騒ぎは消えない。
日本がかかえている二つの「危険物」 地震、そして原発事故による目に見えていない影響。
一つは、人間の力では止められない事。だから備える。
もう一つは、人間の力で明確にし、覚悟を決め対策をとる。

ある種の富、ある種の繁栄により守り切れることは、限界がある。

よい方向への活動を、ゆっくりで良いから続ける必要がある。
それぞれの仕事の現場で、教育の中で、家庭において、
良い考えや活動が実績をあげて、良い流れになれば・・・・それを広めてゆければ・・・

どんな小さなことでも、意味はある。

戦後60年から、今年の70年にかけての10年。
この10年の世界の変化はとてつもなく大きく危険だ。

こんな発言でさえも、さえぎられるのだろうか、「中立」としてよろしくないというハンコを押されるのだろうか、
そんな情けない判断をしないでほしい。

芸術の世界には「現実の魂の叫び」が、ある。
だから、時代を超えて残っている。そんな魂を持つ作品たちの声を、解き放ってゆきたい。
世界を見る視線を、作品から感じてほしい、
命を尊ぶ響きを、たくさんきいてほしい。
人がなぜ人であるのか、その答えは芸術の中にある。

 

 

 

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