本日はフィンランドの独立記念日。
96回目。
2017年に独立100年となります。
2015年がシベリウスの生誕150年、2年後にフィンランドも大きなお祝いの年を迎えるのですね。
このリンクをぜひお聴きください!
フィンランドでこれまで3回、独立記念日に滞在しています。
研修の年は、10月20日からの研修でほどなくしてこの独立記念日になったわけで、
それはそれは感動のコンサートを聞くことができました。
最後には必ずフィンランディア。フィンランド国内のプロオーケストラ、皆さんそのようです。
今フィンランドのオーケストラには、複数の日本人奏者が入団しています。
その皆さんの報告などネットで拝見するに、やはりフィンランディアはフィンランド人にとって特別な作品であると、
あらためて思います。
祖国を大事にする心は決して悪いことではない。
大事にする、そのやりかたの問題でしょうね。
今現在大きく問題となっていることは、先の選挙の結果で見えてしまっていたこと。
この数の力で動かせるということを、選択したのは我々国民なのですね。
あれだけ圧倒的な票差を生んでしまった以上、その力を得た皆さんは自信を持って前進することでしょう。
未来にどんな図を描くか・・・・地球規模、宇宙規模で考え 人間に与えられた叡智を無駄なく使い、
多くの人が魂の喜びを得る未来、
それは、多くの人がそんな未来を夢見ている。
ではどう現実化するか・・
今、なぜこういう動きになっているかをきちんと分析して、どこにこの世情を動かす原動力が潜んでいるかを見極めたうえで、疑問をぶつけ、反対をし、叫ぶだけではなく代案の具体的な策を考え、そちらの方が良いのだということを実証してゆかないと、数の論理で成り立っている現状は何も動かない。
背景になにか庶民にはあずかり知らぬ深刻な事情があるのやもしれない、
何か大きなことが待ち受けているのかもしれない。
何かが動こうとしているのかもしれない。
そのような未知な事、不明なこと、推測されることがたくさん隠されているのだろうな・・・・と、感じてしまう
この一連の動き。
数十年ひたすら何かに向かって頑張ってきた日本という真面目な優等生の国が
久々に直面している本当にストレスフルな状態。
個人的には、こんなに街の灯り、イルミネーションが華やかに復活してしまってよいのだろうか・・と、
ややネガティブに感じている。
千葉駅も一時の自粛が嘘のように、きらびやかになっている。
本当に大丈夫なの?と、どうしても思う。
きれいです、どこもとっても、
未来への希望の灯りにも感じる。
でもついこの間、この明るさ、この便利さの大本について、その必要性について
国民的レベルで考えたばかりなのに、あっという間に忘れている日本!
そんな空気も感じているのは事実。
日本だけではない。。。
どこかのだれかのメディアでの発言ではないけれど、
むなしさ・・・・
それが蔓延するのは、圧倒的な力と、圧倒的な大きな問題と、圧倒的な現実の総量の大きさに対して、
無理なのではないか・・・・と、感じてしまうのであろう。
それを「大丈夫!」「何とかできるから!」と励ますのは、
情緒的な気持ちだけではなく、より専門的でより具体的な解決策を練りだせるプロ集団。
そこからの発言であり、提言であり、ビジョン。
そういうプロ集団を生み出してゆくためには、人間鍛えなくては。人間育てなくては。
このようなことを記載することも、これからは危険なことになるのであろうか・・・・
まことに、日々安穏とはしていられない道に踏み出してしまったものだ。
フィンランドは徴兵制度がある。
そして原子力発電所もある。使用済み燃料を地底深くに保管する巨大な施設もある。
それが安全であると言い切る理由も彼らは持っている。地盤が安定。
条件が日本とは違う。
日本丸・・・どこへゆく。
コメント