Kalevalan päivä

2月28日は カレワラ(カレヴァラ)の日。
 

1835年、エリアス・リョーンロトが古カレワラを出版した日を記念して、以来この日にカレワラ祭がおこなわれる。
今は、フィンランドの文化の日ともなっているそうです。

北欧文化協会とフィンランドセンターの共催で行われた、カレワラの会に出席しました。

フィンランドセンター所長のカウコ・ライティネン博士の講演「フィンランド人らしさとは」
・文化ルーツ
・平等ということ
・教育
・仕事、労働
・静寂

この項目にわけて、歴史的なこと現状の解説など 流ちょうな日本語で解説下さいました。
東アジア研究でも業績を残されているライティネン博士、過去別のお立場で日本のフィンランド大使館に2度にわたり赴任されていたそうです。80年代、90年代の話。
中国も含めて長くこのアジアの文化を見つめてこられた博士、
少しだけ指揮者のブロムシュテット氏に似ていらっしゃる。
暖かなお話でした。

そして後半は、カンテレ奏者の はざた雅子さんの演奏とお話。
カンテレは今回のようなこじんまりしたお部屋で聴くのがベストですね。
楽器がそのように作られている・・・

フィンランディア賛歌から始まり、最後はカッチーニのアヴェ・マリア。
メリカントの歌曲の演奏もありました。美しい音でした。
 

hazatasan.jpg

民族衣装で演奏された、はざたさん。

hazatasan and yuri.jpg

素敵な音楽をありがとうございました!

 

今うちでは、母がフィンランドの中学校の社会科の教科書を読んでいます。
以前購入していて、ゆっくり読んでいたのですが 母も夢中で読んでいます。
その教科書を見るに、教育でなぜ世界のトップと言われるようになったのか・・一目瞭然ですね。
初等教育にも見られる、「自分で考える」「自分の言葉で話す」「正確に物事を判断、分析する」
その姿勢が徹底されている。

悪いこともきちんと記載する、きれいごとに済まさない。
一面からの記述はしない、物事の裏表が存在することを若いうちから明らかにして、
それに対し自分の意見、自分の判断を持つことを教育する。

ライティネン博士のお話にもあった「平等」の意識、それは地位の平等ということだけではなく、
考え方、思考のタイプ、価値判断においても 偏見に満ちることなく 個人的な想いにとらわれることなく、
非常に冷静に分析できる能力が育つ。
教科書を見ていると、それが感じられます。

日本は、「考えさせない」「自己判断させない」「扱いやすい人を育てる」
なにやら、そんな教育を推奨しているのかと思ってしまうことにも、ぶつかります。
その反省から大いに近年初等教育をはじめとして変化がみられることは、度々伺う全国の学校の様子からもわかります。昨秋も書きましたが、構内に掲示されている標語、目標などが昔と大いに変化しています。
その変化の結果が現実社会で現れてくるまでには、まだまだ20年ほどかかるのではないかな・・・・
できるだけ早く、新しい道が見えてほしいと思います。

もちろん日本の古からの良いこと、良い文化は大切に守りたい。
でもその守り方も、これからの世の中は変化してゆくのではないかな・・・。

その国にあった教育の方法、歩み方があるはず。
フィンランド教育をそのまま導入することは簡単ではなく、また同じように成功するとは思えない。
教える側の体制・準備もとても必要。

でも、良いところは学びたい・・・・

 

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