愛知室内オーケストラ第25回定期演奏会終演

ACO Twitter画像より

3月に予定していた第25回定期演奏会が延期され、10月8日無事に終演しました。(写真はACOのTwitter記事から)
まずは、この状況下公演開催ができたこと、関係者の皆様すべてに感謝申し上げます。制作サイド、裏方のスタッフの皆さん
本当に大変な準備をしてくださっていました。ホールはまだ50%の入場者制限の状態です。感染防止対策もしっかりとられていました。お客様にもいろいろご不便や不自由をおかけしたことと思います。そのような中、ホールに足を運んでくださったこと、温かな拍手本当に有難く嬉しい時間となりました。

愛知室内オーケストラの任期、3年×2期が今年2020年の12月末で終了します。最後の1年、ベートーヴェンイヤーに因み、またこれまで継続してきたニルス・ゲーゼの交響曲演奏を進めるということで、このプログラムとなりました。今年の3回の定期公演は、すべてゲーゼ&ベートーヴェン。その第一回目が10月8日、第6番の交響曲を並べて開催。
10月5日から始まった久しぶりのリハーサル。私は昨年末ぶりのACOの皆さんとの再会。オーケストラ自身も個々のアンサンブル活動などで顔を合わせる人もありながら、全体としてはこれがほぼ8か月ぶりということ。リハーサルの初めは、空間を確保してのセッティングをとったこともあり、何とも「遠いな」という感触でした。それでもゲーゼの交響曲は、初めて取り組むものながら、すぐにゲーゼらしさ、特徴が音となって聞こえてきました。これが積み重ねということなのだと実感。
ベートーヴェンの6番は、誰もが知る作品。メンバーの中も経験値は様々で良く演奏している人、初めての人・・・
実は私は公演では初めてでした。選曲の相談でも、できるだけ避けていた作品です。理由は・・・この作品は美しく手強いから。若い頃、自分は太刀打ちできない作品だと感じていました。

この自粛期間の中で継続して行っていたこと・・ベートーヴェンのピアノソナタを1番から順に弾いていくこと。あくまで自分の勉強として順番に紐解き、弾いてゆくこと。現在22番で止まっています。この継続は思った以上に今年のベートーヴェン作品の指揮に影響を与えていることに、今回の定期公演で再認識した次第。ベートーヴェンの活動はピアニストとしてのものも、かなりの割合を占めていました。そしてピアノソナタの作曲は、作曲人生をしっかり網羅してされていました。作品はどんどん生まれる。そして、その中の様々な試み、実験的な手法、新たな響きの獲得、音楽語法の発明等々実に明確に見えていたのです。子供のころからピアノソナタはいくつか手掛けてきていましたが、その時には全く見えていなかったものを、今回1番からやり直したことで、実に多くのベートーヴェン細胞と出会えました。
そして初めてステージで6番をお客様にお聞きいただく機会にむけて、作品の背景や時代の事、ベートーヴェンのドキュメンタリー等々様々な角度から資料にも向かい、(これまでも行ってはいましたが)作品との距離が少し縮まったと感じていました。もちろん自筆譜も改めて見直し、今回使用の版とベーレンライター版と、初版を見直したことも一歩踏み込んでベートーヴェンの言葉を描こうという気持ちに繋がりました。

シンプル極まりない作品は、その本質に正面から向き合うことが大切だと思っています。作品の核と柱、この2点だけを考えた上での取り組みでした。そしてそれを描き出そうとするためには、どれほどのエネルギーと鋭い感覚が必要かということも、やりながら思い知りました。
ACOのメンバーは平均年齢が若いです。この楽団の持つ素直な特徴、ピュアな感性、美しい音、そして個々の技術。できるだけ高い次元でそれらを融合して形にすることが一つの目標でした。最終的にはリハーサル以上のものを、ホールの力も借り、何よりメンバー自身の力の発揮で出せていたと思います。
ゲーゼの緩徐楽章の美しさはどの交響曲も素晴らしく、またそれぞれ独自の色を持っています。今回の6番も、ACOから自然にそして豊かに、ゲーゼ節が流れたことを非常に嬉しく思っています。
そして平光コンサートマスターのリードで第1楽章、第4楽章の溢れるパワーと推進力も炸裂しました。

個人的にも年末のピアノ協奏曲全曲演奏にむけて、一本の道を意識した日となりました。
今回のリハーサル期間の中で、中日新聞社に取材いただきました。記事はこれからとなりますが、記者の方や同席のメンバーと話をしているうちに、2012年の初共演から、ポストを頂いて6年目となった日々のことが蘇り、あらためて今年のラスト3回の定期演奏会の重要性を自分の中で確認しました。自分にとっても、個人的に大切な時間となると思っています。来年以降の指揮者としての歩みとして。
素晴らしい作品を前にすると、己の小ささがひしひしと感じます。同時にその素晴らしさの中で生きられる時間があるということに、ひたすら感謝の想いです。
今回の公演は、この状況下開催できたことへの感謝、お聴きくださるお客様への感謝、そして作品に内在する、大きなもの、偉大なる自然、崇高なる命への感謝、そして演奏できる喜び・・・それらすべてが「田園」の最後のF-Durコードに自然に想いを重ねることができたと思っています。本当にありがとうございました。

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