新型コロナとの付き合い方 私的呟き

巷の報道の方向性、専門家の解説、ご意見番の発言、自分の周囲の状況、これらを混ぜ入れた料理を作ろうものなら、思いっきり不味いものができることが明白。誰もが本当のところがわからないままいろいろなことを発言している。前提としたい内容がそれぞれにある。

自分の仕事に関することでは、公演仕事は新型コロナウィルス感染拡大防止対策をとって、順次開催予定。自分の場合それは秋から。アマチュア楽団のリハーサルも、のきなみ中止。その再開は9月からを予定。

大学の仕事は、東京圏の国立音大は7月から合奏授業も対面授業になった。こちらも対策をとっている。
・セッティングをこれまでより間隔をあけて、広い場所でリハーサル。
・消毒、換気はこまめに丁寧に。授業が終わると使用した椅子・机・譜面台・ピアノ等々消毒作業が始まる。
・吹奏楽授業の場合、学生はマスクが着用できないため指導者がマスク着用。私語は控える。
・155名の履修生がいる授業を担当しているため、曲により乗り番がかわる。待機の学生の場所も確保。リハーサルスケジュールをできるだけ明確にして、時間まで学生が密な環境で集まらないように工夫。
・そして、自身の体調や体質、環境などの理由で現在でもオンライン受講を希望する学生には、その対応をしている。
そんな日々が始まっている。大阪の相愛大学への出講は私はまだない。5月に一度オンライン授業を行った。あとは関西にお住いの先生方に分奏などをお願いしている状況。東京の感染者が増えている状態もあり私は待機という指示が出ている。

プロ楽団は各所で検証を経て、ゆるやかに公演が始まっている。客席数を限定して、あるいは無観客での配信。当分はその状態が続くのであろう。
アマチュア楽団の方が、活動再開が遅いと予想している。リハーサル会場の問題がある。自治体により部屋の広さに対しての人数制限が定められている。各会場独自に定めているところもある。数十名~の人数が一堂に会するリハーサルは、まだ先の話になるだろう。そうなってくると、環境や条件によっては楽団の活動そのものが完全に停止となるところも出てくると思われる。企業オーケストラはもっとも厳しい状態ではないか。企業としての姿勢も問われる。仕事において、リモートワークを推奨するところが増える今、週末に社員が集うということが難しくなっている。少なくとも感染拡大が収束に向かわなければ、活動再開のタイミングを得るのが難しい。ネガティブ発言だが、それが現実なのだと思う。

今まで日常のこととして何の制約も受けずに行ってきた事が、突然できなくなる・・・・ということ。
それはほとんど戦時下と同様だと考えるようになってきた自分がいる。21世紀の大戦。自らに原因があるわけではなく、外的要因により
通常の活動ができない。自分の努力で解決できることではなく、今や世界中が一丸となって同じ敵と戦っているという戦時下。

ウィルスの危険度について、現在本当に様々な意見が飛び交っている。私自身も何が本当なのか全くわからない。
しかし、り患して症状が出て、重篤な状態になっている人が老若男女存在しているということは事実。誰もがその可能性があるということも事実。お互いに感染させる、感染する可能性を誰もが持っているというこのウィルスの性質。

ウィルスが早急に退治できないということがわかっている今、人類が未来に向けてどう歩めば良いのか・・それは本当に全く新たな価値観、視点をもって取り掛からないと、これをきっかけにもう一つの戦争が起きてしまう。もうすでにそのような状態なのかもしれないが。


経済の動きがないと地球は停まってしまうのか・・・その部分について最近少し疑問を持っている。現状の経済活動システムのままそれを止めると、もちろん多くの人や企業が消滅する。また通常の経済活動を展開すると、今現在ではおそらくウィルス感染は拡大し、それもまた人や企業に痛手を与える。

共生という考え方の拡大型を必要としているのではないか・・・と漠然と考えている。利と害を誰もが両方ともに引き受ける方向。これまでと同様にはゆかぬことを覚悟すると、その先には2つの選択肢が待つ。
1.そんな状況を受け入れることができないので、この世から、あるいはこの世のシステムから立ち去る。
2.自分の財産(金銭的、物質的、能力、役割、立場なども含めた)を一度解体して、新たな社会の中で自分のできること、やるべきことを新たに構築する。先程の世界の共生は、この考え方。各国の財力、環境、能力、をある部分で供出する。自由経済の部分を残したまま、危機を共有して破滅的な事態を避ける共生の経済の仕組みを持つ。一時的であっても。
私自身にとっては、この二つの選択肢から選ぶしかないとこの数か月考えた。もちろん1番は選択しない。心の奥底では、いっそ、そうしてしまったら・・と考えた瞬間も0.5秒くらいはあったかもしれない。しかし、自分の寿命の目標、あと20年は現役で動くということは実現させたい。またありがたいことにお声がけくださった公演が未来に存在している。1年にたとえ1公演だけだったとしても、2公演であってもどんな時でも指揮者としての仕事を成し遂げたい。任期最後のACOとも最後の4回の公演は充実のものとしてともに作り上げたい。


しかし自分の歩みを俯瞰してみた時、これまで同様にはゆかない。これまでと同様に仕事を得るのは難しくなることは予想され、実際来年からは仕事の立ち位置が大きく変わることは確定している。このコロナ禍がなくても大きな変化が待っていた自分。少しその時期が早まっただけ。
しかし新たに自分がやりたいことを進め、社会の中で自分の力が何の役に立つのか考えるその世界、社会そのものも変化してゆくのが明らかになってきた今、もう一段考えを進めなくてはいけない事態にはなってきた。
例えば生活レベルが下がる、様々手放さなくてはいけなくなる、今までのように自由に動けない等々のことが始まることも予想。でもそれは自分にとって本質的な問題ではない。あまり気にしない。音楽業界を取り巻き、支えてくださってきた先の状況が今後変わってゆく以上、厳しい変化が待つことは自明。そこへの覚悟はもちながら、では如何にする、という話が始まる。

新たな社会で成長産業とされるところには、現在沢山の熱い視線が集まっていることだろう。
その一極集中もまた怖い事。そして共生なんて受け入れる隙間もない国や人もいるのも事実であり、別の火種となっている。日本は残念ながら自然災害という、もう一つの危機と現在も隣り合わせ、これも一刻も気の抜けない事態が迫っている。日本として何を優先して現状を乗り越えてゆくのか、その解決策を適切に選択して、導いてゆける人を各部署のリーダーに選ばなくてはいけない。小さな単位から国政まで、新型コロナウィルスと共に歩み変わってゆかなくては、22世紀には存在が危うい。自分はその頃には天から眺めるしかない。予想が外れますように。

GO toは形を変えて有効な支援にできないものか? 気候変動を真摯に受け止め社会のサイクルや様々な活動の時期を変えませんか? 

殴り書きの呟きでした。

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