スオメンリンナの船着き場。入口です。
(スウェーデン王グスタフ三世の記念碑。この西暦からご推察の通り、かのハンス・アクセル・フォン・フェルセンの時代の人です。)
(アウグスティン・エーレンスヴァールドのお墓)
スウェーデン統治下のフィンランド、1700年代にエーレンスヴァールドによって建設がはじめられた要塞。
1809年からのロシアの自治大公国に代わってヘルシンキが首都になって、ますますこの場所が重要になりました。ロシア革命の予兆がこの島に先に現れて、そして1917年のフィンランド独立。スオメンリンナという名前はようやく本当にスオメンリンナになったわけです。しばらく軍事的に使用され、1973年に民政に移管。海軍兵学校は残っています。現在はユネスコの世界遺産に登録。多くの観光客が訪れています。
花崗岩でできた要塞だそうです。厳しい季節も岩を切り出して積み上げてゆく作業が続いたようです。
もちろん島には武器、砲台、その他もろもろ戦争の爪痕が残っています。
世界の動きとともに、この海上要塞は大きな役割を果たしていたようです。
陽気なイタリア人の家族は、この砲台にお嬢さんを入れて記念撮影していましたが・・・
本来の目的など忘れ去るくらい、人間の社会が成熟するのはいつの日か・・。
入江のあちらこちらに船着き場が。全体で4つの島でできています。
島を結ぶ橋の上の怪しいおばさん二人。
暑さにめげつつ、そして街中は石畳なので結構足は疲れますね。
アイスクリームは美味しかった。
全体の半分だけ見ました。残りは次回。少し涼しくなってまた来ます。
この島の本当の美しさは空から見るのが一番ですね。昔の要塞が夏はグリーンベルトになって、
冬は美しい白と黒のコントラスト。歴史の名残の中に多くの人の人生が声をひそめています。
ヘルシンキからスオメンリンナへは船で10分ほど。船も頻繁に運航しているので便利。
スオメンリンナにふつうに住んで生活している人もいます。900人ほど住人がいるそうです。
友人の一人も実はここの住人です。
世界遺産だけあって世界から観光客が来ていました。船は多国籍。
下船してヘルシンキの中央カンピまでよたよたと歩き、バスセンターからバスに乗ってラハティへ戻りました。
いやあ、ちょっと疲れました。母もさすがにバタンキュウ・・・・・暑さは厳しい・・・。
念願のスオメンリンナの地を踏んで、また一つフィンランドの音をもらったかな・・・・。
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