三善晃先生 お別れの会

春の香りを運んでくるような暖かな雨の日・・・
三善晃先生のお別れの会~ピアノ、ヴァイオリンと混声合唱による追悼~に出席してきました。昨日のロシアの熱いステージは、三善先生の素敵な笑顔のお写真と白い花で、奥深い静寂の空間となっていました。 

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元お弟子さんのお二人 池辺晋一郎先生、沼尻竜典さんによる弔辞で、同様のエピソードに触れられていたこと、それは先生が一貫した姿勢でお弟子様たちに向き合っていらしたことなのだと感じました。ユーモアも交えた暖かな素敵な弔辞でした。

岡田博美さんによる「アン・ヴェール」(1980)は本当に美しかった。
堀米ゆず子さんの「鐘」(1981)は表現の緩急に惹きつけられました。
東京混声合唱団―田中信昭指揮 による「5つの童画」(1968)から、風見鶏・砂時計・どんぐりのコマは、言葉に寄り添う音なのか音から生まれた言葉なのか、三善先生の作品が生まれるにあたっての言葉を拝読し、「・・・私は一度は<ものたちのむなしい場所。を通らねばならなかった」というところがずっと心に残った状態で聴いていました。

自分は三善先生と桐朋学園での接点は、室内楽授業のレッスンのみ。ピアノデュオのレッスンを受ける機会を得ました。ストラヴィンスキー「春の祭典」。本当に貴重な時間でした。

卒業して仕事の現場では「クロス・バイ・マーチ」の録音のためのリハーサルで、その後東京文化会館の館長をされていた頃、やはり吹奏楽のことで少しお話をさせていただいたことがありました。先生のお心にあった企画について話してくださいました。直接お目にかかった機会は、それが最後。

先生の作品は、弦楽四重奏曲と吹奏楽の作品2曲のみ接しています。帰路立ち寄った楽譜ショップで管弦楽のスコアを2冊購入。どちらかというとタイトルに惹かれたことを告白。

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先生の書籍「遠方より無へ」の帯<生が、死の、かりそめのたわむれでしかないように、音楽も、しょせん、無音の変容にすぎない。沈思も華麗な虚空のよそおいである>この言葉、概念。自分が作曲家の才に向かうとき、無意識に作品の背景に求めている無音への意識。何かがひそかにつながった・・という意識を持たせてくれたこの言葉。

 

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<・・自然は絶えず死を演じつづけてい、人の死は生者を風や流水に化身させるものならば、むしろ、死という永遠のうえに生は、途切れ途切れに続いているものなのではなかろうか。>

こちらは書の中に。

まだまだ自分は三善先生のごく一部しか知らない。
本日の静かな会から、また一つ大きな広い世界を得たような気がした。

道でばったりあったお世話になっている人、お店でばったりあった、先月お世話になった素晴らしい若手、
なんだか偶然の出会いも今日は重なり、総じて「ご縁」ということをしみじみと味わう日だった。

 

昨夜同じホールで聞いた ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグフィルハーモニー交響楽団の1曲目、カンチェリ作曲「al niente(・・・無へ) この作品に見えていた世界が、ちょっと三善先生のご本とつながっているようにも感じた。

演奏家は一生、作曲家の大きな深い思考と世界を追い続けるものだ。それしかない・・・

三善晃、安らぎの時を過ごされているでしょうか・・・・

とても良い会でした。

 

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 素敵な文章、ぜひシェアさせてください。
    私も三善先生のお宅で伺った貴重なお話は生涯忘れません。
    (うまく説明ができないのですが…。)

  • >福田様
    こんにちは。コメントありがとうございます。シェアありがとうございます。私自身はほんのひと時の接点でしたが、先生の厳しさ暖かさについてはお弟子さんの皆さんが口をそろえておっしゃっていました。先生の御本からその姿勢の背景のようなものが感じられると僭越ながら思いました。

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