タンペレ往復

突然ですが、タンペレへ。

ラハティから西方向へほぼ真横、少し斜め上でしょうか・・・。
長距離バス急行で2時間の距離です。

ムーミン博物館があるところで有名ですね。そして大都市です。

10時15分のバスに乗り12時20分着。
タンペレ往復の理由はこちら・・・・

arttu sipila.jpg

1990年生まれの若い作曲家、Arttu Sipiläさんに会ってきました。
帰国してすぐの公演、愛知室内オーケストラ第11回定期演奏会で世界初演される、
Picture from Japan for trumpet and orchestraの作曲者です。
この1月にハルヤンネさん来日時に演奏された、Japanese Friendもこの方の作曲です。
ヨウコさんのためにこのところ小品、協奏曲などいろいろ作曲しているそうです。

arttu sipila5.jpg

タンペレにある和食(中華風和食)のお店でランチをしながら、作品について伺いました。
お寿司ランチ。握り寿司と味噌汁のセット。不思議な環境でしたが作品には良いかも・・・。

この作品3曲からなる組曲です。
「善光寺」「浅間山」「新宿駅」というタイトル。
分かりやすいイメージなのですが、細部の音の処理やイメージ、記譜上の疑問などを確認。
1時間半ほどのミーティング終了。
14時タンペレ発のバスでラハティに戻りました。16時着。

実は、13日の朝からネットがまったくつながらず…割と焦っていました。
プリペイドのシステムなので、チャージがなくなったのかと思ったのですが、
そのサインは出ておらずどうしたものかと思案していて、ラハティに戻りショップへ行きチェック。
何のことはない、やはりチャージがなかった。
なぜ、そのサインが出ず、また画面上では「つながっています」のサインが出ていたのかは不明。
そして新たにチャージした分も、認識されていなくて・・・。
お店ですべて解決していただいたので、とりあえずほっとしています。

ザルツブルグ遊学の時代は、このような便利なツールはありませんでした。
連絡がつかないのは当たり前、時々取れればよい!というような環境にいました。
現代は違いますね。
連絡が取れて当然、常につながっていて当然!
それを前提に仕事もすべてすすめられています。これはかなりすごいことだと思います。

ほぼ二日間メールも時々携帯電話を通して恐る恐るチェックして(非常にコストがかかるので帰国しての請求が恐ろしいのです)、ダウンロードしなくてはいけないもの、データを送らなくてはいけないもの・・などいろいろある状態でようやくつながったので、よかった!
お返事お待たせして申し訳ないです。<(_ _)>

ということでまもなく帰国となります。
明日は、帰国前の恒例の「Kiitos lounas」 お世話になっている皆さんをお招きして我が家でお食事。
これが終わると帰国の準備、帰国してからの仕事準備の追い込み・・・といつものパターンです。

あっという間でありましたが、この滞在の間に悲しい知らせを受け取りました。

日本シベリウス協会で事務局長を長くされていた、岸田蕃さんが13日ご逝去。
闘病生活をされていたのは知っていましたが、会合でお目にかかっても本当にお元気な表情で、
いつもの力強いお声で楽しそうに皆さんに話しかけていらしたお姿を思い出すばかりです。
信じられない想いです。協会の歴史の中で人と人とつなぐ大きな力を発揮されていらしたと伺います。
私もこの任に就き、いろいろと励ましていただきました。お言葉をいただいています。
心よりご冥福をお祈りします。

もうおひとり・・・
2000年にこちらに来てから室内楽をしていましたが、その時の初期のメンバーであったヴァイオリンのヴィルヴァさんが、亡くなっていたことを先日知りました。まだまだお若いのです。30歳になっていなかったはずです。2001年の9月11日にも一緒にリハーサルをしていて、彼女の自宅から「すぐに家に戻るように」と電話が入り、あの事態を知ったということを鮮明に覚えています。
活動を続けている中で、ある日手を骨折してしまいヴァイオリンを断念せざるを得なかった・・・
それ以後体調を崩してしまい、案じていました。しばらく姿も見ることができなくなっていて、
先日悲しい知らせを受け取りました。天国でもう一度ヴァイオリンを手にしていてほしいと願ってしまいます。
本当に美しい音の素敵な演奏をしていたので。

誰もが限りある命を持っています。限りあるからこそ、どう命を生かすか・・・
それを考えるのが人間の使命だと思います。
天国に向かった尊い命に、あらためて生前の感謝ささげご冥福を祈ります。
 

 

 

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