Marraskuu 11月

11月に入りました。誕生月を通り過ぎて、いよいよこの年代を歩いてゆく時の道が始まった!という感覚です。

これから2カ月、本当に休みがなくなります。
そして新しい企画の準備や楽譜のチェックなど、またまた次の階段が目の前にそびえたっています。

千葉房総沖のスロー地震という言葉、今日のニュースできいて「・・・・」何とも言えない気持ちですが、
こういう情報は情緒で判断してはいけませんね。
可能性が高くなっているということは、常々言われています。
できるだけの用意を・・・それしかありません。

今日一つの訃報を知りました。
高校時代の恩師の一人である、英語の萩原先生が9月に闘病の末亡くなられたということ。
3年生の時の担任の先生なので、もっともお世話になり、印象に残っているのは当然なのですが、
おそらく同学年のほとんどの生徒がこの先生のことは記憶に鮮明に残っているのでは・・・と思われます。

その厳しさ、恐ろしさは半端ではなく、勉強するということ、学問ということの厳然たる厳しさを
入学した日から叩き込んでくださった先生のお一人です。

勉強するために入ってきた生徒たちなのだから、厳しく鍛えるのは当然である!という揺るぎのないセオリー。
高校1年の時にこの先生の英語の授業で使用したテキストは、当時外語大で教えていた父の言葉を借りると、
「これは外語大生が使用するテキストだ」とのこと・・・・
1年生ですよ!少し前まで中学生だった我々にいきなり大学レベルの英語ですか・・・・・・

その日から萩原先生の英語の前は、ほぼ徹夜です。予習範囲の単語を調べるだけで相当な時間がかかりました。そしてただ単語を並べただけでは許されるはずはなく、きちんと日本語として成立した翻訳をしなくては、
あの厳しく深みのあるお声で「に~ったああ、これはど~ういう い~みだあ~」と、追及されます。

とっても懐かしく思い出します。あの授業の空気は。
自分は語学は好きだったので必死で予習はしましたが、とてもとても追いつけるレベルではなく・・・・。
でもテキストを当時タイプで打ち直して、単語を調べ訳してゆくノートを作成した経験は、後でとても生きていたと思います。私の場合そのあとの大学で相当に怠けましたので あっさりとその蓄積がふっとびましたが・・・。
でも単語を辞書で引くということに慣れた経験は、オペラに関わっていた時代にいきましたね。

3年生の最後には、音楽の道を選択した自分は「なぜこのR高校に入学した」と、言われましたが、
それも逆に先生の厳しい愛情のお言葉だと感じていました。
現在の自分がこの道をなんとか歩いているのは、本当に高校時代のおかげなのです。
先生のご冥福を心からお祈りしたいと思います。
その厳しさは自分は形をかえて後世に伝えてゆきたいと思っている一人です。
やはり真剣に学ぶ場は厳しくなくては駄目です。

萩原時哉先生、本当にありがとうございました。
天国でもあのお声で渋くお叱りの言葉を!
 

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