Time day 時の記念日

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いつのまにかアジサイの季節になっていました。これは龍谷大学キャンパスのアジサイ。
時の記念日の今日、予定通り髪も切ることができ、片付けもある程度済ませ、週末の公演に備えます。

少し蒸し暑かった電車の中、このまま夏になったら危険だな・・・という雰囲気を少し感じました。
込み合っていて暑さも増すと・・・つまらない「いらいら」が小競り合いを起こしますね、きっと。
争いの種は、「自分だけの都合」という実の中に入っているのかな。。。
お互いにそんなもの投げ合ったら、車内はドロドロのべとべと。やめましょう・・・。

今日のお願いは
「いい大人が満員の車内でゲーム機で遊ぶスペース確保に頑張らないでください」 です<(_ _)>
どうぞよろしくお願いします かっこ良くないし。

昨日の大学授業では、1週間分の学生達の進歩を感じましたね。
演奏が仕上がってゆく過程は、方法は本当にたくさんあって・・・忙しいスケジュールのプロの世界では、
なかなかその方法を試す時間はないものですが、学生や、音大や、アマチュアの世界では
いろいろな歩き方を目の前の皆さんの音を聞きながら試みます。
国立音大ブラスオルケスターは、今年も多彩な作品が並んでいますが、
オーケストラ編曲のものは、演奏者が自分の役割をつかむのに少し時間がかかりますね。
でも一度捕まえると、ぐんぐん全体の音は良くなってきます。
そのための時間は使わなくてはいけない。そこには効率とか時短とか!そんなものが介入されては困る。

時の記念日に、「効率」についての批判意見となる世界的なスピーチが聞けたのは良かった。
村上春樹氏の小説は、実は私は読んだことがない。どうもまだ手が出ない。
しかし、スペインでのスピーチには「言葉」を知り尽くしている方の端的なメッセージがあったと感じた。
「現実」という言葉の認識については、おそらくいろいろな方の意見が飛び交うことと思う。
でも私はとても共感したし、賛成だ。

「そんなに急いでどこへゆく」という標語は、確か日本にあった。

「時」は変わらないのに、「時」を旅する人間のスピードがぐんぐん速くなる。
リニアもいよいよ現実的な話になっているようだが、どこまで速さが必要なのだろう、この日本の中で。

あっという間に世界中をめぐり、時差を利用しながらあちらこちらで演奏を続ける・・・
実際に多忙なマエストロたちはそのような活動をしているが、
自分にはそれは無理だ。能力的にも、また自分の目指す姿とも違う。

ゆっくり育ったものを美味しく食べていただくシェフの料理のようなもの、
おそらくそれが自分のテンポだと思う。
でも最終的にそれを目指すためには、シェフ修行はまだまだ不足でのんびりしている場合ではない。

明日で3カ月という日数が過ぎる被災地、
その「時間」の重さと長さは計り知れない。
やはり思う、今回は司令部の視野が狭く、責任の取り方が初めからちぐはぐしている。

どんどん出てくる「やっぱり・・・」という情報、
それは司令部中枢の首をどんどん絞めている。

母は、原発関連の記事をすべて切り抜いて保存(現在は貼りだして)いる。
福島浜通り出身の身として、眼をそらすことができない現実が日々報道される。
そこには過去の、国と福島県との事情、国と原発の街の事情も実際に体験している身として、
深い想いと現実への怒りがあることと思う。
母の胃が痛くならないためにも、刻一刻と過ぎてゆく貴重な「時」を無駄にせず、
復興の足音が大きくなることを心より願い、自分も動きたい。

電車の中の「自分だけの都合」と同質のものが国会議事堂にある限り、
日本という列車は、目的地の前で緊急停車ばかり。争いを車掌が止めに来る。
その繰り返し。
そんなつまらない列車に若者や子供たちを乗せたくはない・・・・。

 

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 最近「指輪」のDVDを見比べています
    一つは1990年にバイエルンで収録されたザヴァリッシュのもの、もう一つは2007年にバレンシアでメータが収録したものです
    演出はレーンホフとバウスとで、その違いには目を見張るものがあります
    バウスのそれは、背景にCGを、ステージでは役者の移動にクレーン、超小型のプール、天井からは人間くす玉…と現代技術を駆使したもの
    レーンホフも当時は斬新的と言われたのでしょうが、せいぜいスクリーンへの投影や巨人が大きな竹馬もどきに乗って動く…後は歌手がその場その場で走り、踊りの演技でした
    しかし、レーンホフの最後の場面、ジークフリードが息絶えて地面に横たわり、ブリュンヒルデが更に彼と炎を枕に横になったまま身動きせず、コーダの大合奏が鳴り響く
    ここで観客は、それまでの長大なストーリーや人間の愛、世界平和への想いを噛みしめる時間を与えられたのです
    ユリさんが危惧されている「ゲーム機」「効率」「時間」はきっとデジタルものでしょうね
    世の中の事象はファジーなものが大半ではないか、と思います
    そこが、生きる上で大事な「想像力」や「創造力」が生まれる源なのでしょう
    我々は各人各様に音楽を楽しんでいますが、ただ楽譜を音に変えるだけではなく少しでも「想像力」を研ぎ澄ませて良い音楽を実現したいと思います
    とは云うものの、自分としては創造力(演奏技術)不足が致命傷ですね
    (>_

  • >オケ・ロージンさん
    コメントお返事遅くなりました
    想像力・創造力・・・人間の宝物だと思います。
    それを大事にしてゆくことは、人間が人間の役割を宇宙の中で全うできる道ではないかな・・・と、感じています。

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