Tapasin Osmo ja Jouko Minneapolis-ssa

突然ながら、26日からU.S.Aに初上陸しております。
計画は昨年から準備していて、しかし日本の状況をみながら
はたして行けるかどうか、ぎりぎりまで自分の中で思案していました。

ヨーロッパは1990年以来御縁がありましたが、実はアメリカ合衆国は初めての訪問。
子供の頃からテレビドラマや映画の世界ではアメリカ文化にたくさん接しています・・・
というだけのある種典型定期な輩でありました。
古くは「大草原の小さな家」開拓時代の世界は本当に好きですね。

最近はFOXテレビを通じて、現代のアメリカドラマに接していて、
おかげ様で以前よりも英会話が耳に入ってくるようになったのは事実であります。
テレビ勉強も無駄ではなかったか・・・・(^^ゞ

目的はここ、ミネアポリス。
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ミネソタ・オーケストラの音楽監督になったオスモ・ヴァンスカさんのステージは、一度は本拠地で拝聴したいと願っていましたが、今回ソリストに ヨウコ・ハルヤンネさんが起用されてユッカ・リンコラのトランペット協奏曲第1番を演奏。メインはマーラーの交響曲第6番。
これは行くしかない・・・と、いろいろ後押しもされ 思いきって来ました。

三日間同じプログラムの公演があるので、最後の2回を拝聴することにして、初日の26日はシカゴへ。
成田からシカゴに飛んで一日滞在。その日の夜にシカゴ響をハイティンク氏の指揮で拝聴。
シカゴは14時間の時差。フライトはおよそ11時間。成田を10時35分に出発。シカゴ・オヘア空港に到着したのは、同じ日の朝8時過ぎ。不思議な感覚を味わいました。

コンサートは夜。その日の日中には特別イベント。
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シカゴ・カブスの本拠地へ。大リーグです。
しかし

寒い・・・・・・
後で調べたらこの時の気温は何と+2度くらいでした。雨が時折ぱらついて、風も吹き・・・
じっとしているのは非常に困難。度々下に避難。屋内のショップやカフェで暖を取りながら。
7回の「歌」を体験してから球場を出ました。

カブスと言えば
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もとドラゴンズの「福留」選手です。この日スターティングメンバーでした。背番号1.

球場を後にして市内ホテルに戻り、少し休んで夜8時からのコンサートへ。

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ハイティンク指揮 エマニュエル・アックスのピアノソロ。
シューマン マンフレッド序曲 モーツァルト ピアノ協奏曲第17番 ブラームス 交響曲第4番。
ヨーロッパの王道のプログラムというコンセプトでしたね。

シカゴ響の本拠地、シンフォニーホールは予想よりも小ぶりの建物。
そしてこの日はステージの後ろの席で聴きましたが、ステージはとても広い。客席は3階席はかなりの急斜面。
一人日本人のヴィオラ奏者を知っているのですが、シカゴ響そのものは初めて拝聴です。(ホールでは)

14時間の時差もあり、かなり疲労感のある中で、それでも心地よくじっくりと味わいました。
本拠地で聴くというのはやはり良いと思います。どのようなお客様に支えられて、どのような反応があって・・・という真の姿を味わえます。反応が率直で、そして本当にコンサートという場を皆さんが楽しんでいて、自由で気軽なクラシックのコンサート。ある種のドライであるという印象もあったのですが、演奏もオーケストラの機能が非常に自由度が高いなという印象。管楽器の微細なコントロールが見事なことが特に印象に残りましたね。

そして27日にミネアポリスへ移動です。
シカゴ空港から1時間半ほどのフライト。
ミネアポリスに降りた途端、「空気が違う!」と実感。
空港の雰囲気もとっても違いました。

空港からタクシーでダウンタウンに向かう途中、
「ここはフィンランドか!!!」と思うこと度々。
街の高層ビルが見えてきてようやく「アメリカだ」と。

ミネアポリスは北欧からの移住者が多い街。フィンランド人ももちろん。
街の環境は、多くの湖があって自然と人のバランスがとても良い。
そのように街づくりがされてきたのでしょうか。美しいところです。

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今回アメリカ行きを事前告知していなかったのは、この人が理由。
ヨウコさんです。

3人のツアー。ヨウコのお弟子さん山内君、ヨウコの悪友の”お弟子様”。この3名のツアー。
しかし私以外のメンバーが行くことは内緒にして、サプライズの計画。
某SNSサイトなどにも一切書かずに、27日に突然現れるという計画を立て・・・・

まあ、でもある程度予想をしていたようで(^^ゞ

まずはコンサート。8時開演。
席が1階のほぼセンターでソリストの正面。なるべく目立たないように座るなど涙ぐましい努力も・・・
リンコラのトランペット協奏曲は難曲です。
しかしオスモさんのクリアーなタクトとミネソタ管の明確な音楽で、とても活き活きとした語り口が聴けましたね。
ヨウコも26日に続き二日目のステージ、お見事でした。
客席の反応も上々で、盛り上がっていましたね。

休憩後はマーラー。オスモさんは曲順は旧版のオーダーで。1楽章の後、スケルツォの前だけ少し休憩をとって、あとは一気につなげました。オスモさんならではのアプローチは随所に見られ、持ち味の強弱への徹底したこだわりはマーラーでも発揮されていましたね。細かなマーラーの指示はことごとく徹底。その効果的な音楽も聞こえてきました。この曲が終わった途端、すぐに大きな反応とスタンディングオベーションと、客席の多くの笑顔という姿に初めて接しましたね。作品の性質上どうしても余韻を味わって、静かな反応から次第に・・・ということも多いのですが。何と言うか・・・本当にコンサ
ートという時間を楽しんでいる!という雰囲気がホールを満たしていました。
gakuya.jpg
 

楽屋にオスモさんを訪ねました。
 

昼間私がチケットオフィスにチケットを取りに行き、街を少し散歩してホテルに戻ると
部屋に電話が「ユリ、街を歩いているのを見たよ!車から」と、オスモさん。

アメリカのオーケストラの監督は皆さんとても忙しい。フィンランド時代よりも目に見えてスリムになっています。
「おすもう」の人形をお土産に。オスモさんは相撲が好きなのです。(ジョークではなく)
マーラーのこの曲を三日連続で指揮するというのも、なかなかハードなことですが、
変わらずお元気なオスモさんでした。

jouko ja masa.jpg

そしてヨウコさん。
 

演奏会終了後ホテルロビーで待ち合わせをして、まず私が一人で。
話しているところへ山内君が登場、ヨウコさんは「そんな気がしていた」
そしてホテルのレストランに席を取った時にお弟子様が登場。「やっぱりいたか!」というヨウコさん。
とまあ、こんな笑顔に。

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現在ヨウコさんとは日本の震災復興支援活動を一つ始めようとしていて、その打ち合わせもさせていただきました。

時差が14時間もあると、なかなかブログアップも難しくて・・・・
また別にアップしてみます。28日も同じプログラムのコンサートです。

そして現在ミネアポリスでは国際トランペット協会によるコンフェレンスが開催中。
同じホテルにトランペット奏者やメーカーがたくさん詰めかけています。
もちろんヨウコさんもそこに関わっています。
いろいろな新しい出会いもありました。子供の教育に関わっている人にもその学校を案内していただきました。
またアップしてみます!

初アメリカ、数日の滞在ですが このミネソタはとってもお気にいりの街になりそうです。

コメント

コメント一覧 (3件)

  • ミネアポリスのダウンタウンに2年間苦学生として住んでいて、オーケストラホールでオスモさんの演奏を堪能していた者としては、ミネアポリスから離れて故郷の徳島県阿南市に帰るのはつらかった。今もオスモさんの活躍ぶりを遠くから見守っているような感じです。その前の音楽監督だった大植英次さんのことも知り、大阪まで聴きに行ってファンになりました。ただ地元の新聞では大植さんの評価が悪く書かれていたのが気になります。ニコニコしてナイスガイだが、練習しない。オスモが来て練習するようになったのでオーケストラがかなりレベルアップしている、みたいな内容だった。

  • ミネアポリスのダウンタウンに2年間苦学生として住んでいて、オーケストラホールでオスモさんの演奏を堪能していた者としては、ミネアポリスから離れて故郷の徳島県阿南市に帰るのはつらかった。今もオスモさんの活躍ぶりを遠くから見守っているような感じです。その前の音楽監督だった大植英次さんのことも知り、大阪まで聴きに行ってファンになりました。ただ地元の新聞では大植さんの評価が悪く書かれていたのが気になります。ニコニコしてナイスガイだが、練習しない。オスモが来て練習するようになったのでオーケストラがかなりレベルアップしている、みたいな内容だった。

  • >竹内大介さん
    コメントありがとうございます。ミネアポリスで勉強されていたのですね。今回私はごく一部の地域しか接していませんが 街の中心と湖の周りとの距離感とコントラストが 魅力的だなと感じました。ミネソタ管の勢いのある、そして丁寧な演奏は印象に残りました。オスモさん 来年読響に客演ですね。

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