自分の音楽人生の中で、転機、あるいは前進へのきっかけとなるのは若い頃からいつも、素晴らしい実演を拝聴することからだった。私はあまりCDを聞かない。子供のころはもちろんレコードの時代だが、収集癖もない。中学生のころは図書館で借りてきて個人的ダビングをするか、FMラジオを聴くという手段のみ。その代わり札幌時代は札響を聴き、東京に戻ってきてからはN響会員として毎月渋谷に通っていた。中学生と言えば、今回のオピッツ特別演奏会のプログラムノートを執筆いただいた山崎太郎氏は同級生。授業の休み時間にクラスを超えたクラシック音楽好き仲間が自然に集まり意見交換をするーその仲間の一人だった。山崎氏の圧倒的なワーグナー愛は当時から変わっていない。この仲間の中でレコード情報も得ていた。
高校三年生の進路決定の際に「音楽」を仕事とすることを決めたのは、今井顕氏のピアノリサイタルだった。そのことは母校音大に勤め始めた頃、大学院で指導されていた今井先生にもお話したことがあった。音大の広報紙でもそのエピソードを掲載いただいた。それはリストプログラムだった。その時も言語化できない大きく深い啓示をダイレクトに演奏から受け取ったと感じていた。ピアニストになろうとは思わなかったが、何らかの形で音楽の道を歩むことの意義と意味を受け取った公演だった。
先日オピッツ氏との共演を終えて、今なお身体の深い部分でマエストロの音楽を抱えながら日々を過ごしている状態の中、ふと、その時の今井氏のリサイタルの事を思い出した。そしてお二人の間には繋がりがある。同時期にヨーロッパで学ばれていた。お互いご交流もある。
オピッツ氏の静かながら多くの音楽的メッセージを含む音楽は、ACOのメンバーにも浸透し大いにあの三日間で変化していた。それを受け取る力、そこから考えアンサンブルの自発的な姿勢を高めていったメンバーにはあらためて感謝し、そのような力を持つ彼らとの時間を誇りに思った。
そして今、自分の中では巨大なマエストロとの音楽が鳴り続けていて、ほかの音楽をあれから一切聞いていない。
新年に待つ公演の準備も再開する時期だが、おそらくこのままスコアに向かうことになる。スコアの行間に見える世界も、静かに深く広がっている感覚を持っている。同じような体験が上述の高校生の頃の今井顕氏のリサイタルだった。
17歳の時と、来年人生の節目を迎える年齢まで年を重ねた今の自分と受け取っているものは大いに違うと思うが、それでも本質的な部分は同じと思う。
18歳で指揮の基礎の勉強をはじめ、25歳で2つ目の音大ー桐朋学園に進み、様々な現場で修行の機会を経て、コンクール入賞、プロ楽団デビュー、オーケストラ、オペラ、吹奏楽、録音、講習会、執筆、短期留学、海外研修等々20代から50代前半までありがたいことに大変忙しく様々な公演、仕事に関わることができた。
そして来年次の世代に入る前に歩みが大きく変わる。変えることにした。そのことにより厳しい日々が待っているのは自明であり、現実的に立ち行かなくなるかもしれない。しかしここ2年程いろいろな理由を背景に未来を考える中、今この時期に決断して歩みを変えないとダメであるという己の内なる心に従うことにした。
命が限られているものであるという当たり前のことも、2年前に母を天国へ送ってから益々痛感する日々である。この2年は同世代の仲間、自分より若い仲間が先に天に召されるという悲しいことも多かった。そのことも一つのきっかけになっている。
気持ちは若くとも身体は確実に年を重ねている。そこに現れる変化を自覚しながら、残りの日々何を為すべきか、何をしたいか・・何ができるか。諸々考えての結論である。
未曽有の事態に見舞われている世界、誰もが苦しさを感じている。これまで同様には歩めなくなっている。その厳しさの中で苦しむ人は老若男女問わず多くいる。この現状で未来を約束されている人はほんの一握りだ。いや、実際は約束ではないのかもしれない。どの分野も市場は狭くなった。多くの人が「いかに生きるか」真剣に考えている。その厳しさや深い思考が、きっと今試されている人間を変える・・・と信じたい。まぎれもなく人類が積み重ねてきた結果の今だと思う。人類の叡智、人類の力、可能性・・・使われていない脳味噌の大半の部分を活性化しながら、これまでとは異なる良い時代の日々を作り上げてゆく人でありたいと思う。そのための学びなおしであり、力不足を少しでも解消する日々として2021年を歩みたい。
先に生まれた世代は、自分の孫子に限らず若い世代に多面的に自分たちの持つものを還元していくべきだ。経験や資産を渡すだけではなく、自身も学び続ける必要がある。時代は動くもの。その気持ちが、その姿勢が社会全体に良い流れと空気を生み出す。微々たる存在の自分ではあるが、私自身も周囲の若い世代に少しでも役に立てる人間であり続けたいと思う。最近は若い世代に助けられることが多くなっているが・・・
能動的に生きよう。良い年をお迎えください・・ではなく。良い年を作ってゆこう。
2020年までお世話になった数えきれない多くの皆様、本当にありがとうございました。
2021年、ついに還暦を迎える自分です。次の一巡をどこまで歩めるか勝負の入り口の年です。叱咤激励容赦なく今後もよろしくお願い申し上げます。
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