Heinäkuu 7月

 西日本を襲った未曽有の豪雨災害。こんなにも多くの尊い命が一瞬で奪われた。
水の怖さ、自然の驚異は日本は古来多く学習しているはず・・しかし、まさに予想を超えた雨であり、
備えをはるかに超えた自然の猛威だった。
犠牲者の御霊に祈りをささげるとともに、多くの被災者の皆様が早く元の生活に戻れることを心より願い祈ります。

このウェブサイトをはじめて いつの間にか15年が経過している。折々書いてきた日本が宿命的にもっている、自然の驚異との対峙について・・・国家レベルでの対策が12年ほど前に書いた時とほとんど変わっていないのではないかと感じるような今回の災害。

与野党の枠をこえて、この日本が持つ自然災害の脅威に対して未来視点で対策を講じ、強肩な日本を作ろうというような組織はできないものなのだろうか・・・政治的な判断、政治的な配慮、政治的な損得かけひきなどやっている間に、尊い命がどんどん失われる。

日本の国土を守り、管理し、国民が安全に安心に生きていくことができるために政治家はいると自分は思っている。対外的な方向性などは多少意見が異なれど、与野党の枠を関係なく、日本という国の内側に視点をもっと向けて、可能性のある危険性を遠ざけること、予想される危機を招かないこと、日本の科学の力を誇るのであれば、先回りした安全対策を実行して、それが日本の科学力!と花火を打ち上げればよいではないか。

同じような水害が起こる、同じような道路の寸断が起こる、どんな山間部が危険なのか、なぜ強硬に避難させられないのか、そこに住宅を建てるのは危険だとなぜ言えないのか、正直わからないと感じることが多く残っている。
最近大学生のオーケストラとの共演が多く、音楽以外に専門を持つ若者たちと話をする機会が増えている。彼らの中に未来に向かって役立つ研究を選択し学びを進めている若者が多くいた。また今の日本に、今後の日本に、これからの世界に、何を学べば役に立つのかという視点で勉強に向かっている若者もいた。正直のところいたく感動した自分だった。彼らがお互いの研究テーマに対して讃えあい、いいねと話を進めてゆく姿が本当に眩しかった。こういう若者たちが進もうとしている道を、つまらない大人の利己的な判断でふさいではいけない。

与党の数々の問題も当然だが、それにたいしての野党の向き合い方も残念ながらそろそろ見切りをつけたくなるような有様。有益な対抗案、新たな対策、ビジョンを見せてこそ国民は新たな道についてゆく。相手を倒すだけなのであれば、どこかのリングで勝手にやってほしい。政治家がやるべきことは陣取り合戦ではなく、優劣を決めることではなく、いかに国民を守り国家を育てる現実的なビジョンを描けるか・・・だ。それを見せてほしい、それが良いことであればきっと人々はついてゆく。

おそらく一般の国民にはわからないレベルでの世界的な水面下の駆け引きややりとりがあるのだろう。そんなことは別の次元でやってくれと言いたい。そのことに国を構成している国民すべてが巻き込まれるということは、もはや21世紀にはあってほしくない。

この先恐ろしいスピードで変わりゆく人間の在り方についてゆけず、わけのわからないままこの世を去るという人々がきっと増えてゆく。それは20世紀までにはあまり見られない姿だった。人間という生き物が実感をもって日々の生活を継続する中で、やがて訪れるこの世との別れを自然に受け入れてゆく・・・そんな穏やかな日々というものがこの先急激に失われてゆくのではないかと・・・そもそも人間がこの地球にいる意味というものを持ち続けられるのだろうかと・・・そんな危機感も持つ。破壊者としての人類の姿が顕著になっているから。20世紀半ばに生まれた自分にとって、21世紀は間違えなく夢の時代の予定だった。手塚治虫が描いてくれたもの、多くの映画監督が生み出した映像、

いくつかは現実化しているが、ヒトを育てるのを忘れてきた。未来を作り上げるヒトを育てていない。

地震・豪雨・水害・・・この数年日本が体験していることは、神様の宿題だ。良い答えを早く出さないと、もっと厳しい宿題がやってくる。

雑感でした。

[2018年7月11日 22:36]

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森と湖の詩日記
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