愛知室内オーケストラ第16回定期演奏会曲目解説

 ACO愛知室内オーケストラ第16回定期演奏会 曲目解説      新田ユリ

 

19世紀の扉を開ける頃、1800年にベートーヴェンは初めの交響曲を書き上げた。同時に続く第2番を着想し1803年にそれが発表された。翌年1804年にクーラウはハンブルクでピアニストとしてデビューした。そのおよそ100年後1905年にシベリウスの「ペレアスとメリザンデ」が生まれている。この3人は様々な方向で視線が絡み合う。1810年にコペンハーゲンにわたったクーラウは1813年にデンマークに帰化した。敬愛する作曲家という視線をベートーヴェンに向けていたクーラウは1825年に1度だけ個人的にベートーヴェンと会っている。1832年に世を去るまでデンマークにおいてオペラを作曲し、現在ソナチネアルバムで多くの人が接するピアノ曲、そしてフルートの作品を多く遺した。作品にはベートーヴェンの姿が色濃く表れる。グリーグ・シベリウス・ニルセンの世代の作曲家にとって北欧音楽の父なるゲーゼは1817年にコペンハーゲンに生まれている。クーラウがドイツとデンマークにかけた強い橋を渡りゲーゼはドイツからベートーヴェンの後の時代の音楽を北欧に持ち帰った。そのあとに生まれたシベリウスやニルセンは交響曲作曲家としてベートーヴェンの大きな背中を見ていた。時代を超え国境を越え行き交う音楽の言葉が今日ここに集う。

 

Friedrich Kuhlau(1786-1832)  Ouverture  Trylleharpen op.27

フリードリヒ・クーラウ作曲 歌劇「魔法の竪琴」序曲 作品27

2幕、序曲と19曲のナンバーの並ぶ歌劇「魔法の竪琴」は、1816年に作曲され、翌年130日に初演を迎えている。今年はこの作品が作曲されてからちょうど200年を迎えたことになる。「盗賊の城」に続く第2作目の歌劇である。古代ギリシャを舞台としてその魔法の力で海賊をも追い払ってしまう力を持つ竪琴が登場する。ディオネという王女をめぐって竪琴の名手テルバンデル、戦士スコパスの二人が競う物語となっている。どちらが王女に最高の捧げものを贈るかという課題を出されたが、王女の命を救うために竪琴を壊したテルバンデルに軍配があがり、最後には天からオルフェオが新たな竪琴をテルバンデルに授けて終わる。(参考資料:クーラウ作品全集第8巻インターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会発行)

 

Jean Sibelius(1865-1957)  Pelléas et Mélisande op.46

ジャン・シベリウス作曲 劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」組曲

メーテルリンクのこの戯曲をもとに複数の作曲家が作品を遺している。シベリウスとフォーレは劇付随音楽として、ドビュッシーは2時間半に及ぶ歌劇として、シェーンベルクは交響詩として書いている。

メリザンドの持つ寡黙な神秘性、ペレアスとの運命的な出会い、二人の間に存在する秘密の空間と時間などは音楽の持つ抽象的な力が発揮されるポイントとなる。劇音楽においても繊細な管弦楽の響きを生み出すシベリウス。組曲で演奏される9曲では、シベリウスの持つ独特な“ほの暗い”響きが効果を上げている。第1曲「城門にて」は弦楽器を主体として重量感のある響きを作る。第2曲「メリザンデ」はゴローとの出会いの場面だが、最後に待つ哀しみを早くもコール・アングレのソロで予感させている。2sと番号が付けられている「海辺にて」は暗い色をした海が目に浮かぶ。第3曲「庭園の噴水」は数少ない明るいトーンを持つ作品。ペレアスとメリザンデの出会いの場面。控えめながら浮き立つ気持ちが木管楽器に現れている。それでも潜む運命の悲しみが見え隠れすることが聞こえる。第4曲「三人の盲目の娘」は劇の中では歌が入るが組曲ではクラリネットの二重奏により奏でられる。はかない希望が示唆される歌。第5曲「パストラーレ」はゴローとペレアスの兄弟が庭へ出てきた場面だが、ヴィオラとチェロのオスティナート音型に乗ってクラリネットを中心とした木管楽器による旋律が印象的。第6曲「糸をつむぐメリザンデ」は糸車の音をヴィオラが奏でている。待ち受ける不穏な運命を予感させる。

7曲の「間奏曲」は、やはりペレアスとメリザンデが会うシーンへの前奏曲となっていて明るい作品となっている。終曲第8曲「メリザンデの死」はシベリウスが大切にする静寂の空間が多用された美しい作品となっている。

 

Ludwig van Beethoven(1770-1827)  Symphonie Nr.2 D-Dur  op.36

ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲  交響曲第2番 ニ長調 作品36

 

多くの作曲家の目指すところとなっているベートーヴェンの遺した9曲の交響曲のはじまり、第1交響曲は1795年のスケッチから始まっている。そのスケッチから育ったものは改訂を繰り返し1800年に完成、初演された。そしてすぐに第二交響曲に取り掛かっている。F.J.ハイドン(1732-1809)のスタイル、交響曲の第1楽章は緩やかな序奏で始まるという形式を第2番でもとっている。第1番で冒頭に生まれる驚き=和声進行や管弦楽法の独特な用法=とは異なるが、この第2番も序奏部は非常にドラマティックな調性の進行がみられる。主調のニ長調は歓喜の調とも言われるが、その調色は主部の旋律のリズムや上行進行の特徴などに現れている。第2楽章のイ長調は希望に満ち誠実な調性と性格づけられる。緩やかな八分音符の繰り返しで作られる優美な旋律は9曲の交響曲の中でも美しさが際立つ。第3楽章にスケルツォと銘々されているところは第1番と異なる。第1交響曲はメヌエットの表示。しかし実際はテンポ表示がAllegro molto e vivaceとなりスケルツォの性格を求められている。この第2番でようやく中身と外見が一致したことになる。第4楽章ではロンド・ソナタの形式を用いているが、同様の様式のハイドンは始まりを弱音で開始して展開する優美な性格に対し、ベートーヴェンはフォルテで開始しており、この冒頭主題を調を変えて繰り返すことによりある種の衝撃が楽章を貫いてゆく構造の面白さを持っている。

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[2017年8月16日 16:30]

森と湖の詩日記
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