
久々に乗りました。ロマンスカー。おそらく10年ぶりです。
いつの間にか新型車両も走り、千代田線乗り入れのロマンスカーもあり・・・・
すっかり小田急線事情に疎くなっていました。
なかなかおしゃれな車体と内装でした。色づかいも自分は好きでした。
玉川学園、町田、そして相模大野経由で乗り換え・・など、バリアフリーコンサートのリハーサル・本番は
小田急線利用。千代田線と併せるとロングラインです。
昨日のコンサートではこれまでの御縁の再会もありました。
国立音大での教え子が二人、トランペットとヴァイオリンに。
そして北欧の音楽教育のことで以前お尋ねの連絡をくださった若い女性が、昨日は舞台裏のスタッフとして私をサポートしてくださいました。
またコンサートマスターは音大時代にほぼ同世代!懐かしい同級生たちの名前もたくさん出ました。
このバリアフリーの企画の内容のためもありますが、参加者、スタッフの皆さんは教育や福祉に強い関心と気持ちを寄せている人が多いです。暖かな気持ちがそこには集まっています。
サポーターでもある東京交響楽団専務理事の山下氏のメッセージにも、文化の豊かさを誇る国でありたいという言葉がありました。
若い学校の先生になったスタッフの女性たちからも、音楽大学の中の教育の在り方への大きな疑問や不安がレセプションで語られました。
教育と福祉という二本柱が日本は非常に遅れているということは巷で常々言われることです。
なぜそうなってしまったか・・・・というところは未来への歩みの中でこれからも振り返って反省材料としてたくさん語られることでしょう。でも思うに、本当に待ったなしで始めなくてはいけないことが山積している・・・。できるところから動き出さないと、10年後、いえ5年後の日本さえもとても恐ろしい状況になっていることが想像できます。
圧倒的に人口比率の多くなる世代が、積極的に未来の日本を「できることを結集して」作ろうとしていかないと、受身や若い世代任せではとても無理であろう・・・・・と感じます。
若者に高齢者の命の負担をすべて負わせるのは、命の継承システムにおいてあまりによろしくない結果を招くかと思います。
BSドキュメンタリーで「高齢者の働き場所」について海外の状況を取り上げていましたが、
とても健康的で、素晴らしいポリシーを持った企業の様子が紹介されていました。
昨日の御挨拶でも語られていた「できることをそれぞれやる」という、もっとも人の集まりにおいて有効な人力活用法が生かされていました。
人に必要とされることは、やっぱり嬉しいことです。
役に立てる力が一つでも自分にある、と感じることは 一歩前進する気持ちが生まれます。
ありがとう、の言葉は一つの励ましであるのは事実。
フィンランドでコンサートのあとに皆さんが「キートス」と言い合うこと、お客さんも演奏者に「キートス」を言うこと、そこには音楽を挟んで、それぞれの立場での対等な関係のようなものが存在するように感じて、とても爽やかで素敵だと思っています。
音楽家社会も世代交代の時期で、定年制を持つプロオーケストラは一気に交代の季節を迎えますね。
政府の姿勢を見ると今後の音楽文化活動は厳しくなることは確実です。
昔を懐かしむことははもう無理な話であろうと自分は思っています。
違う形で、もっと豊かな人材活用と音楽文化の提供と継承、そして何より日本から発信できることを増やしていくことが求められていると感じています。
音楽大学のシステムはめまぐるしく変わっています。
そこには生き残りの方策という厳しい側面もあることでしょう。
でもそれだけでは、きっと未来に何も花咲かない。
目先のことではなく、自分で大きく花開かせることができる人を育ててゆくことが豊かな教育だとやはり思います。我慢・忍の一字ではないかな、修学の時期は。楽しいこともたくさんあるけれど、それが目的ではないでしょう。自分に力をつける場所。
素敵なお花を頂きました。ありがとうございます!
そうそう、昨日レセプションでは中学生、高校生の出演者の皆さんもスピーチしてくれました。
1月に母校のOBオケでも思ったように、若者の言葉がとてもしっかりしているのです。
「お!」と、思いましたよ。
そして帰路でも、たぶん小学校高学年かな・・・と思う男の子4人のグループ。
会話が「しっかり」している。
おばさん、少し考えてしまいましたよ。
やっぱりこれは何か変化しているのかな・・・と。
つい先日もどこかで、「子供の可能性を奪っているのは大人の思いこみだ」ということがあったけど、
本当にその通りで、本当は子供たちも相当いろいろなことを考えて、感じているのに、
「子供らしさ」のステレオタイプの中で居心地良く甘やかされていると、ひたすら受け身になってゆく。
成長の中で、それはとてもよろしくないことではないか・・・・と、
子供は子供なりのペースで、できることを伸ばしてゆけばよい。
「あんたには無理」とか「やってあげるから」とか
結果がうまくいったとしても、それは子供のプライドを傷つけるし、
何より自分でやり遂げた達成感がないまま育つから、自信をつけるチャンスを失ってばかり。
自分が何ができて、何ができないかを知る機会もないから、
いつまでたっても自分探し・・・。
そんな迷いの時期を長く続けている大人子供に対して、昨日出会った子どもたちは
明確に自分の言葉を持っているし、仲間ともきちんと論理的に話し合っていたし、
気持ちのやり取りも伝えるのが上手だった。
ごめんね、おばさんなんとなく聞いてしまったよ。
電車で出会った小学生、頼もしかったな。がんばれよ~!
なんだか音楽以外のことばかり書いている自分ですね。
でも音楽が生活や社会と密接に結びついているということをひしひし感じるこの頃です。
専門であるということと、それをどのように社会の中で生かしてゆくかということ、
それは両輪として追及してゆかなくては駄目なのだろうな・・・・と、
そんな風に考える世代になっています。
まだまだ指揮者のキャリアとしては私は道半ばも良いところ・・・
天国にゆくまで、道半ばであろうと思います。
素敵な作品が生まれ続ける限り、それを追い求めてゆくので。
終わりはない、ということはそういうことかなと思います。
ロマンスカー、今度は終点まで乗ってゆきたい。
たまには、温泉でも~~~~~~~(^^)v
ロマンスカー
[2010年3月23日 10:59]
コメントする