<シベリウスの交響楽の特異性~その1~>
指揮者としてシベリウスの作品に接するようになってから15年余りが経過した。今年の「没後50年」を契機に新たに文献に接しまた新全集版の編集作業へのリサーチを行うなどの活動の中で、この作曲家の楽譜の世界の特異性を改めて感じる日々となっている。
シベリウスを愛する人にとってはその楽譜は神秘的なものであり、またこの特異性に戸惑いを覚える人にとってはミステリアスを通り越して理解不能という言葉がきかれる。シベリウスの作品へのアナリーゼ等資料はまだ少ない。それはベートーヴェン、ブラームス、またはバッハなどロジックな骨格を持つ作品とは性質を異にするゆえ無理もない。日本国内一般には「シベリウスの交響曲第3番以降はオーケストレーションに失敗している」「2番に人気の集まるのは無理もない」など等の言葉を今なお専門家の口からもきかれる。シベリウス協会においてはこれは信じがたい事実とされようが、現場では事実である。
シベリウス協会においてもこれまで諸先輩方が多方面から作品の謎についてスポットをあて論じてこられた。1992年の機関紙AINOLAにおいては、渡邉善治氏による「シベリウス交響曲研究の視点」というタイトルで掲載があった。拝読してみて現在私自身が感じている疑問や問題点が同じように述べられていた。それより15年が経過しているが、その間に機関紙などに掲載された専門家、愛好家によるシベリウス作品へのアプローチを拝見した。近年は菅野浩和氏の協会レクチャーシリーズを再構成なさった「シベリウスの交響曲と標題性」、また「バガテル」の中でこの作曲家特有の世界を系統立てて明確に読むことができた。個人的にはこの続編はぜひとも希望したく思っている。また神部智氏による「交響詩クッレルヴォ」「交響曲第5番」「交響曲第7番」への研究も専門家としての確かな分析と洞察がなされていて多くを学んだ。世界のシベリウス研究者による論文も出ている中、一人の指揮者としてシベリウスの交響的作品のもつ特異性について、これを機会に少しずつ記してみたいと思う。
紙面のお許しを頂くなら、今年の「没後50年記念企画」に即して<初期><中期><後記>という3つのシリーズをもって今後時間をかけて記載させていただきたい。なぜならこの3つの時代わけにおいて交響的作品に流れる「響き」の変化と回帰は大切な要素となるからだ。
私事となるが、今年の前半は<初期>カテゴリーに入る作品をアイノラ交響楽団などいくつかのオーケストラで演奏が続く。4月はカッサツィオーネ(1904-1905)、交響的幻想曲「ポホヨラの娘」(1906)、そして交響曲第3番(1907)。この選曲は偶然のものであるが、「ポホヨラの娘」が交響曲第3番にとって非常に意味のある存在であることをのちに知った。6月には音詩「フィンランディア」(1899)、また7月には、交響詩「エン・サガ」(1892-1902)、音詩「フィンランディア」、カレリア序曲(1893)、交響曲第2番(1902)を演奏する。秋は付随音楽「ペレアスとメリザンデ」(1905)そして晩年の大作、交響曲第7番(1924)と音詩「タピオラ」(1925)を協会の後援企画において演奏する。また12月には交響詩「クッレルヴォ」(1892)上演が待っている。幸いなことに1年を通して初期から後期まで多くの作品を演奏する機会に恵まれた。
これは持論であるが、作曲家は曲を作り出すのではない、宇宙の響きを見つけてその才を持って我々にわかるように再構成しているのだと思っている。音楽史上数え切れないほどの作曲家がいるなかで、その特異性を持って他者とわけられる作曲家がいる。例えばブルックナー、マーラー、ドビュッシー、ショスタコヴィッチ、そしてシベリウス。作品をどの角度から切り裂いてもそのパーツ、その響きの一切れで作曲家を特定できるという意味で挙げてみた。「もどき」や「亜流」がまったく価値をなさないレベルまで貶められてしまうほどその作品の持つ性質は強く明確である。
シベリウスの楽譜について人は様々印象を持つようだ。私は「限られた言葉で最大限の世界を記した人」とこの作曲家を位置づける。1900年代に入る当初、ヨーロッパの中心ではすでに調性の崩壊もはじまり、300年あまり続いた記譜についてさえもそろそろ姿を変えようとし始めていた。その末期的な中で熟成したクラシック音楽の歴史を持つ国々の作曲家たちは楽譜を限りなくたくさんの言葉で埋め尽くした。時代の騒乱に見える「カオス」がそのまま音符の姿となっている。重層的に描かれた交響的なスコア。油絵のように塗り重ねられることで洞察を要求する、作曲家が描こうとした世界の奥行き。世紀末の文化そのものがまさに描かれている。しかしそれをシベリウスは驚くほどシンプルな音の使用で実現している。またその実現した世界は世紀をまたぐ時代でありながら、はるかに未来を見通した響きであると思う。それが自分にとってはこの作曲家の最大の魅力である。私は「響き」をもってこのシベリウスの交響的作品を時間をかけてアナリーゼしていきたいと思う。今回はその序文とさせていただく。
交響曲第3番を4月に演奏するにあたり、ティモ・ヴィルタネン氏によるシベリウスアカデミー発行「Manuscript study and analysis」を手に取った。私自身もこの交響曲の手稿を拝見している。多くの専門家が語るように第2番の交響曲から第3番への経過は一つの「溝」ないしは異なる次元への跳躍が見られる。そのことは演奏された「音響」からはもちろん、寡黙なスコアという音符の姿からも十分に見て取れる。
第3番の交響曲は必ずしもはじめから理解された作品ではなかった。フィンランドでの初演でも聴衆の半分は理解不能だったという記録がある。それは何故であるか・・・。演奏会という一瞬の体験の中で認識できることは限られ、また受け手の予備体験が影響することは事実だ。第1番の民族性、明確な旋律によるメッセージ、そして第2番の19世紀様式の交響的な構造とヒロイックな高揚感。それらは演奏会場で瞬時に客席にメッセージを伝えられた。これまでの作品の様式と響きの構造に沿った作曲であったためだ。しかし実際シベリウスは交響曲以前に取り組んだ「交響詩クッレルヴォ」または「レンミンカイネン組曲」「歴史的情景」などでは、交響曲の後期作品につながる「音響」の発見と試行を行っている。
シェーンベルク、ウェーベルンが使用した「音色旋律」という語法がある。全く同議ではないが、シベリウスの作曲法にはこの音色旋律の概念が使用されていると私は分析する。欧州のほかの作曲家(特にフランス、ロシア)が意識した楽器の音色による作品の性格付けとはまた異なる意味なのだが、シベリウスの作品を取り巻く<空間の広さ><自然の音><宇宙からの声>・・・等など、多くの専門家、愛好家がシベリウスの交響的作品を語るときに触れる言葉は、この音色とオーケストレーションという分析を行う必要がある。
一つ例を挙げる。第3番の交響曲に特徴的にみられることに、パッセージの楽器間の受け継ぎがある。第1楽章に頻繁に登場する十六分音符の連続が、リズム的に不自然な部分で楽器の交代がなされ、また演奏パートの突如の沈黙がある。古典派の交響曲作品にも同じリズム演奏の中でのオーケストレーションの変化はたびたびあるが、それはほとんど必ずフレーズ(節)にとって自然な部分、区切りの部分、または特徴的なアクセントなどを加える部分に行われる。流れの途中ということはあまり見られない。加えて、同じ音符を演奏している中で、たとえば一方はクレッシェンド、一方はディミニュエンドということもたびたび書かれている。これをどちらかに統一して直す演奏もあるようだが、それは注意してかからねばいけないと私は思っている。シベリウスの記譜どおりに演奏することにより浮かぶ、音色の大きな変化とそれにより生まれる交響的世界の広がり・・・それがシベリウス作品の何より大切な核であると思うから。
最も知られている交響曲第2番でさえ、多くの演奏家がシベリウスの記した強弱記号を整合性という理由で変更することが今なお多い。好感を持って初演の際から受け入れられてきた交響曲第2番の姿は、あらためてスコアを読み解くと実に複雑な音響設計がなされている。その正確な実現は驚くほどモダンで現在の21世紀の交響楽の世界へさまざまなヒントを与えてくれている。新全集版が順に発行されている中で、ぜひともこの部分はシベリウスの言葉として守り抜く演奏をしていきたいと思っている。
音楽の持つ時間的横軸へのアナリーゼとともに、縦軸とその1枚の紙の後ろに広がっている多層の空間のアナリーゼがシベリウス作品には必要だ。次回機会を頂いた時には、個々の交響的作品の実例を挙げながら記してみたい。没後50年が日本においてもこの作曲家への深い理解の始まりとなることを、心より祈りたい。