エッセイ再開 そして今年も・・・・

なんとまあ1年ぶりになってしまいました。
1年前の文章を読み返してみて、今年もこの時期に考える事はほとんど変わらないなという思いを新たにしたわけです。そういうわけで再開第1回目は硬い話題はやめるつもり・・・です。

 ブログという手段を手に入れてから、小さな出来事や小さな思いはほとんどそちらに綴っています。ご報告だったり、予告だったり、憤りだったり、喜びだったり・・日々同じパターンはない!という生活を送っている中で本当に多くのことに出会ってきました。

 1年前に予告したように、今年は私にとってはモーツァルトイヤーではなく本当にショスタコーヴィチイヤーでした。手がけた作品は弦楽合奏のものだけでした。しかし先輩指揮者の公演やリハーサルに通ったり、自分で楽譜を集めたり資料を読んだり・・そんなことがモーツァルトと接した時間よりはずっと多かった・・・。モーツァルトを嫌うわけではないのです、ただ・・・モーツァルトはオペラを振ることと自分でピアノで弾くのが一番楽しい。

 そしてシベリウス・・・。今年の年明けはフィンランドで迎えていました。演奏会と録音の仕事を終え、ラハティに戻り友人たちとゆっくりと静かに過ごしていました。シベリウスの土地で始まった2006年、帰国して2月には“アンサンブル・フラン”とフィンランドとノルウェーとデンマークの作曲家を集めた弦楽作品の演奏会。もちろんシベリウスも3曲。2月終わりに“日本フィルハーモニー交響楽団”と弦楽の作品を。4月初めに“アイノラ交響楽団”と第6番の交響曲など。しかし夏のフィンランドでの音楽祭ではシベリウスは手がけず、今年後半も演奏会では登場していません。長期リハーサルのあるアマチュアオーケストラを手がけているので、1年中シベリウスを演奏しているような気持ちにはなっていますが。

 そして2007年はシベリウスの没後50年。この年のシベリウス協会の企画のために昨年末から今年一杯地下活動をしているわけです。来年は協会の行事だけではなく、シベリウスを手がける事が多くなります。本国フィンランドでも予定されています。

 指揮者という仕事柄、本当にいろいろな“場”に行きます。様々な人とご一緒します。数多くの作曲家にめぐり合います。今年も印象的な場面や作品や演奏家と出会いました。
自分にとって驚きであったのは、長い事避けていた「シューマン」と向き合ったこと。いろいろな条件が重なって4番の第1稿という版の選択をしましたが、これが結果的にはよかった。シューマンに対して勝手に感じていたつまらない疑惑や疑問がこの作品で払拭されました。初期ロマン派の作品では圧倒的にメンデルスゾーンへの愛着が強いのですが、来年はシューベルトも手がけます。こちらも久しぶりです。

 シベリウスを初めとする北欧音楽に自分の中心を持ってきてから、いろいろなことが変わりました。逆かもしれません・・・自分が変わってきたので現在のような活動の方針になっているのかも・・しれません。ともかく、一度中欧を離れて再び中欧の作品を見ると、作品そのものの姿がくっきりと見えるようになりました。困った事に19世紀後半からこの中欧の偉大な作曲家の作品には、「枕詞」や「歴史」という重い鎧がつきまといます。「お墨付き」なんてものにも出会います。またそういうものを冠させて聞いていただくという作戦が19世紀からすでに行われていました。確かに素晴らしいのです。それらの作品は。しかし冠をかぶせなくてはその素晴らしさがわからないという作品ではない。

 今日本のクラシック界の「のだめ」影響力は凄いものです。これは「のだめ」が「冠」を上手に脱がせてくれたものとして、私は拍手を送りたい現象だと思っています。作品のそのままを素で楽しむ、感じるということを積極的に行うのが演奏会の本質。王侯貴族文化の楽しみから庶民へ払い下げ!になって、誰もが自分のスタイルで自由に作品たちに会いに行けるというのが演奏会だと思うのです。「のだめ」が「別の冠」をかぶせない事を願うばかりなのですが、少なくとも世の中ベートーヴェンだけじゃないよ・・という窓を開いてくれた事には感謝したいと思います。でもベートーヴェンの7番が異様に売れているようですね・・・

 この「のだめ」の力を借りているクラシック界ですが、この先多くのお客様をこの世界に引き続きお招きしようとするためには、音楽界自体も努力をしていかなくてはいけません。金太郎飴のような企画ではすぐに飽きられますしあまりにも浅い。この世界の素晴らしさと厳しさと楽しさを十分に知っている者が、更に新しい世界への冒険と本質的な美の追求の歩みを止めることなく、その結果を世の中に提供していく義務があると思います。それが我々の仕事です。

 クラシック音楽界はどんどん姿を変えることでしょう。録音業界も状況が激変しているようです。新しいシステム、機材の登場で今までの常識が通用しなくなってきています。楽譜の世界も未来型への歩みが始まっているようです。音楽家自身もこれまでには見られないようなタイプの人も登場。一方17.18世紀のスタイルへの回帰現象もある。世界全体がバランスをとりながら、悩みながら歩みを進めることでしょう。現在の流れがある一方、それに振り回されていては大事なことが後世に残せなくなるという危惧も生まれています。
 個々が信じるもの、良いと思うもの、大切な事を日々大事に音に託して紡いでいくしかないのだと思います。そしてクラシック音楽ブームと言われ、ホールに足を運んでくださるたくさんのお客様が引き続き会場に通いやすい環境を作っていく事も一つの使命ですね。価格の事もそうです。演奏会の開催日時のことはかなり工夫が始まっています。プログラミングも引き続き工夫が必要です。

 プログラムで関係のある、楽譜の版権著作権レンタル料などについて・・一人の音楽家としての気持ちを書きます。正直のところ楽譜にかかる費用には・・・・と疑問に感じるところも多いのです。レンタル料が高くて演奏できない作品。たとえそれが素晴らしい作品でぜひとも手がけたいと思っているのに、予算的に実現できなく断念ということが多々あります。ギャラ要らないからその曲やろう!という気持ちにもなります。
 作曲者の権利を守りたい気持ちは十分に持っています。しかし演奏されずに、また機会が少ないまま後世に残していけるものかどうか・・・非常に疑問であります。演奏会ではめったに演奏できない作品があると・・愛好家は録音素材に流れます。それでバランスをとっているのかもしれません。しかし音楽家としては実演でより多くお届けしたいと思うのです。そうしないとその作品の真価を問う事ができません。多くの人の手にまみれ、耳に届いて、演奏会で味わうという空間が続いていかないとクラシック音楽の作品の歴史は続いていかないと思っています。何か良い方法を見つけていかないと、結局演奏できる作品は限られていくのです。良心的な作曲家の方との共同作業では本当に深い感謝と申し訳ない気持ちで一杯でした。そういうご好意に甘えているわけにもいきません。素晴らしい作品への敬意とそれを報酬という形での感謝を捧げつつ、演奏家もたくさんの新しい作品を手がける機会を作れる方法を見つけていきたい。

 とても小さな規模ではありますが、サロンコンサートはその目的も持って行っています。太平洋に胡麻粒を落としたくらいの活動かもしれません。でも長く続けていきたいと思っています。
 指揮者という仕事・・・作品とお客様の「お見合い」の仕掛け人であるかもしれません。うまくいったら「タカサゴヤ~拍手!・・・」ですね。
 そうか・・・自分は「こんな人どお?」って写真を持ち歩いている親戚のおばさんなのか・・・・ 2006年は文章が少なくなりましたが、これから復活します。


2006年12月27日

[2009年1月30日 17:00]

森と湖の詩日記
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